Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.7.21

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「大塩の乱関係論文集」目次


〔戯曲〕落葉記−大塩平八郎−

その15

奥山健三( 〜 1938)

『奥山健三遺文集』奥山健三君記念会編・刊 1939 所収

◇禁転載◇

第二幕
  第一場 山村路(2)
管理人註
   

老人 うんさうか。無理に引き留めるも本意ない事、随分と気をつけて  安全な所へ逃げ延びるがよい。半生はわしのやうな安楽な生活でもな  さつたら宜しからう。大塩殿にも一度会ひ度い事ぢやが、もう年寄つ  てこんな所に居てはそれも出来ぬ事ぢや。(傍にある古くなつた書物                               ほ ん  を取り上げる。)これは万葉ぢや。淋しくなると此の古ぼけた書物を  見る。(書物を繰つて赤い傍線の入つた歌を読む。)   みゆきふる こしのおほやま ゆきすぎて いづれのひにかわがさとをみむ   三雪零 越乃大山行過而 何日可我里乎将見。       えのみ も り はむ        ちどり はくれど きみぞ きまさぬ   吾門之 榎実毛利喫 百千鳥 千鳥義雖来 君曾不来座。 稲垣 万葉の心、しみ/゛\味ははれます。では御老体、これにて失礼  仕ります。(刀を取つて起ち上る。) 老人 随分と気を付けて行かれよ。此の山は直ぐ越せるが、向ふの国々  にも通知が既に行つて居るかも知れんから喃。(淋しさを感じて居る  様子。) 稲垣 (入口の菰を上げて家の外に出る。老人も一緒に出る。)御身大  切になされて下されませ。 老人 もう行かれるか。無事に行かれよ、…………、(そつと涙を拭ふ。)         かみて   稲垣行之進は上手に離れて行く。後を振り向き振り向き遂に見えな   くなる。 老人 ああ、若い奴ぢやが頼もしい奴ぢや。それにしても大塩殿はどう  なされたか。輩下が随分と殺られたとか、其心の中はどんなかと思ふ  と涙がひとりでに出て参りますわい。おお、此の路の向ふの方から僧  侶が来るわい、諸国行脚の旅僧と見える。(老人家の中に入る。)   下手の方から一人の旅僧、杖に縋つてだんだん登つて来る。何か思   案に耽りつつある様子。 僧侶 あああ、思へば馬鹿な事をしたものだ。一時の怒りからああして  乱を企てたものの、思つて見れば馬鹿な事だつた。配下として馳せ参  じた者は殺されるやら四散するやら、あの時の事を思つて見ただけで  もぞつとする。もう俺には世の中の楽しみも光もない。(又思案に耽  りながらとぼとぼと路を辿つて行く。)   これぞ配下に擁せられて乱を起した大塩平八郎の成れの果である。   墨染の衣に網代笠、右手には杖、左手に数珠、脚胖甲掛草鞋で厳重   に足拵へをして居る。どう見ても旅僧としか見られない。 大塩 (此の老人山縣甚右衛門の仮寓に近より)ちと物をお尋ね申しま  する。 甚右衛門 はいはい。(大塩の僧形をぢろぢろ見る。) 大塩 あの、此の山を越えますると何処に出ますぢや。(左手で網代笠  の縁を上げる。)                     いづこ 甚右衛門 此処を越えますと木津に出ます。何処の僧侶か知らぬが、え  らうお骨折で御座る喃。どちらまで行かつしやる。 大塩 はあ、拙僧はこれより伊勢へ迄参らうと存じて居ります。伊勢の            もと  西来寺の真如上人様の許まで一寺用がありまして喃。有難う御座つた、  これより日の暮れる迄に此の山を越えんと存じますぢや。(一礼して  通り過ぎんとする。) 甚右衛門 いや、御僧一寸お待ちなされ。(大塩ぎくつとする。)御僧  はどちらから御座らつしやたか喃。

   


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