すると其の時、役人二人が親子らしい二人の老若を引き立てて現れ
る。
役人甲 やい、ぐづ/\して罪でも逃れようとする積りか。ずぶとい奴
だ。親子揃ひも揃つて、大それた罪を犯して置きながら、うん畜生、
これでも進まぬか。世話の焼ける泥棒親子だ。そんな顔をするか。あ
あ嫌な顔つきをしやがる。もう一生そんな顔は見たくないわ。地獄へ
でも行つてくたばり居れ。
縛られた息子 ど、どうか御願ひで御座います。米を盗んだといふのは
この私で、決して親父様ではありません。ど、どうか後生で御座いま
す。此の私が食ふに困つて盗んだので、決して親父様はありません。
何で此の親父様がそんな事をやりませう。全く罪のない病身の此の親
爺様を縛つて。ど、どうする積りか。えい、余りと言へば余りに無慈
悲な。何ぼ何だつて。役人様だつて、むー、余りと言へば……。
役人乙 えい、うるさい。役人に対して楯突くか。かうして呉れん。
二人の役人、老若親子を引きづり起て、蹴りながら親子を奉行所へ
引き立てて行く。こちらでは町人と若衆、憤怒に燃えながら此の役
人の暴状を見て居る。
町人 ぢや、御両人、此の顛末を見届けて大塩先生に御報告しよう。
三名物蔭に隠れる。役人は親子を引きずつて、役目大事と暴力で奉
行所の中へ蹴り込む。親子は観念して白洲に坐る。役人の一人、上
手の奥へ入つて行く。
役人乙 おい、もうぢたばた騒いだつて、追ひ付きつこ無いぞ。これか
ら御奉行様の御裁きだ。お前達はどうなるもかうなるも、こちらの意
志次第だ。さうと知つたら、かうして世話を焼かせずに来れば、痛い
目にも会はなかつたものを、ああやれ/\、全くこちらも骨が折れた
わい。
息子 御役人様、本当に御願ひです。罪科も何もない親父様だけは、ど
うか御許し下さいませ。私はどうなつても構ひませんが、もう動けな
くなつた親父様だけは……、どうか後願ひで御座います。(悲痛な面
持、両眼には涙が一杯たまつて、ぽと/\下の筵の上に落ちる。)
親父 おい喜作、もう何も言ふな。わしはお前の心はようく分つて居る。
だけどな、血も涙もない御役人様だ。もうわしは観念した。鋭い御言
葉を聞くだけでも、もうこの老の身が減入りますわい。(力無く痛々
しげに右脚に力を入れて膝で起き上る。)
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