Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.7.9

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「大塩の乱関係論文集」目次


〔戯曲〕落葉記−大塩平八郎−

その3

奥山健三( 〜 1938)

『奥山健三遺文集』奥山健三君記念会編・刊 1939 所収

◇禁転載◇

第一幕
  第一場 町奉行所(2)
管理人註
   

  すると其の時、役人二人が親子らしい二人の老若を引き立てて現れ   る。 役人甲 やい、ぐづ/\して罪でも逃れようとする積りか。ずぶとい奴  だ。親子揃ひも揃つて、大それた罪を犯して置きながら、うん畜生、  これでも進まぬか。世話の焼ける泥棒親子だ。そんな顔をするか。あ  あ嫌な顔つきをしやがる。もう一生そんな顔は見たくないわ。地獄へ  でも行つてくたばり居れ。 縛られた息子 ど、どうか御願ひで御座います。米を盗んだといふのは  この私で、決して親父様ではありません。ど、どうか後生で御座いま  す。此の私が食ふに困つて盗んだので、決して親父様はありません。  何で此の親父様がそんな事をやりませう。全く罪のない病身の此の親  爺様を縛つて。ど、どうする積りか。えい、余りと言へば余りに無慈  悲な。何ぼ何だつて。役人様だつて、むー、余りと言へば……。 役人乙 えい、うるさい。役人に対して楯突くか。かうして呉れん。   二人の役人、老若親子を引きづり起て、蹴りながら親子を奉行所へ   引き立てて行く。こちらでは町人と若衆、憤怒に燃えながら此の役   人の暴状を見て居る。 町人 ぢや、御両人、此の顛末を見届けて大塩先生に御報告しよう。   三名物蔭に隠れる。役人は親子を引きずつて、役目大事と暴力で奉   行所の中へ蹴り込む。親子は観念して白洲に坐る。役人の一人、上   手の奥へ入つて行く。 役人乙 おい、もうぢたばた騒いだつて、追ひ付きつこ無いぞ。これか  ら御奉行様の御裁きだ。お前達はどうなるもかうなるも、こちらの意  志次第だ。さうと知つたら、かうして世話を焼かせずに来れば、痛い  目にも会はなかつたものを、ああやれ/\、全くこちらも骨が折れた  わい。 息子 御役人様、本当に御願ひです。罪科も何もない親父様だけは、ど  うか御許し下さいませ。私はどうなつても構ひませんが、もう動けな  くなつた親父様だけは……、どうか後願ひで御座います。(悲痛な面  持、両眼には涙が一杯たまつて、ぽと/\下の筵の上に落ちる。) 親父 おい喜作、もう何も言ふな。わしはお前の心はようく分つて居る。  だけどな、血も涙もない御役人様だ。もうわしは観念した。鋭い御言  葉を聞くだけでも、もうこの老の身が減入りますわい。(力無く痛々  しげに右脚に力を入れて膝で起き上る。)

   


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