Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.7.12

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「大塩の乱関係論文集」目次


〔戯曲〕落葉記−大塩平八郎−

その6

奥山健三( 〜 1938)

『奥山健三遺文集』奥山健三君記念会編・刊 1939 所収

◇禁転載◇

第一幕
  第一場 町奉行所(5)
管理人註
   

  こちらは奉行所、喜助親子口惜しげに歯を食ひしばつて居る。 喜作 失礼ながら御奉行様に申し述べます。大塩様の御努力ではどうに  もならぬとは、ちと御言葉が過ぎた御言ひ分ではないでせうか。(喜                               かみ  助、忰の袖を牽き、眼くばせで、何も言ふなと告げんとする。)上は、  下が苦しんで居る時、官のものを御下しになられるのが真の慈悲、真  の仁政ではないでせうか。真の仁政とは……。 山城守 黙れ、はしたなき町人如き分際で、黙つて居れば要らぬ口出し。  言ふとその分では捨て置かぬぞ。それ其の若い奴を縛つて了へ。 役人甲 やい、御殿様の前で今の言葉は何だ。米泥。犬畜生にも劣つた          かみ  奴が余りと言へば上を軽んずる雑言。よしここに手拭がある。かうし  て置けばものも言へんて、(手拭で喜作の口をぐつと縛る。)           こやつ 役人乙 畜生にも劣る此奴、言ふにも事欠いて無礼不遜の言葉の数々。  生意気言ふと容赦はせぬ。じたばたせずに縄にかかれ。(役人甲と共  に喜作の両手を縛り上げ、捕縛をぐる/\巻きに縛りつける。)かう  して置けば何も言ひも出来もすまい。ついでだ。此の耄碌親父も同然。   両人も再び厳重なる捕縛に縛り上げる。両人歯を食ひしばつて痛さ   をこらへる。喜作は何か懸命に言はんとすれど、口に縛られた手拭   のため物をも言へず、しきりにもがく。 山城守 上を軽んずる米泥親子に慈非をかける用はない。其の儘牢にぶ  ち込むがよいぞ。   役人両名、親子二人を引き立てて上手の方へ引きずり行く。喜助親   子観念して従ひ行く。山城守退場、続いて群下四、五名退場、間も   なく下手より三名の者、奉行所門前に駈けつける。後より奉書を恭   しく持した学者風の人物従ひ来る。 前の若衆甲乙 大塩先生どうぞこちらへ。 大塩 おう、そち達馬鹿に脚が早いなう。稲垣も斎藤も流石は我が門で  鍛へた事だけはある。間髪を容れずぢやつたから喃、はははは。それ  でだ。木村殿、案内を請うては下さらぬか。 木村 (前の町人)頼まう。誰か御座らつしやらぬか。(しきりに汚い  草履で奉行所の門を穢す。) 稲垣 もう先刻の親子両人は居らぬと見える。可哀想になあ。あのやう  な哀れな状態の親子だつたら、慈悲をかけてやるのが上として当り前  の話だになあ。 斎藤 私達の先生を見さつしやい。ほんたうに。大切の大切の御本まで  も売り払つて人助けをして居られるではありませんか。上の位に在り  ながら此の飢饉の悲惨さも知らず、私財を投じてまでも人を助けて居                    ぼん  られる先生を嘲笑するとは、此の奉行も凡くらだて。   間もなく奥より役人一人出て来る。 役人 あああ、手の焼ける奴等だ。もうええ加減にくたばつて了つたら  よいものを、官米がどうのかうのと、願つてもない事を口に出しよる。     どなた  ああ、誰方で御座るか。用によつては通さぬでもない。 大塩 拙者は洗心洞書院で講述をして居りまする大塩後素と申すもの、  大阪町奉行に面接致したく、わざ/\此処まで罷り越したるものに御  座います。何卒、町奉行に御面会願はしう存じます。 役人 かねて聞き居りました大塩殿に御座るか。一応奉行殿に御伺ひす  る間、御待ち下されませ。















(のう) 


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