Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.7.14

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「大塩の乱関係論文集」目次


〔戯曲〕落葉記−大塩平八郎−

その8

奥山健三( 〜 1938)

『奥山健三遺文集』奥山健三君記念会編・刊 1939 所収

◇禁転載◇

第一幕
  第一場 町奉行所(7)
管理人註
   

                    やから 山城守 黙れ大塩。汝等如き将軍家を思はぬ輩が無闇な口出し、穢らは  しいぞ。当今の天災に汝等如き虫けら同然の奴等が、齷齪骨折つたと  て何の足しにならうか。馬鹿な事を申せ。 大塩 いや、そりや御無態。ちと御言葉が過ぎると存じます。私如きも  のでも、私財で以てすれば幾らか足しにはならうと思ひ、出来るだけ  の事は致して居る積り。なほこれに官米を以てすれば、必ずや窮民を  救済する事が可能と存じまする。畏れながら当今の無為無能の役人、  達とはわけが違つて居ります積り。飢民を見殺しにするとは余りにも  無為無能には御座りませぬか。まことに不甲斐ない当今のお上のお仕  打ち怨みに存じまする。 山城守 言はして置けば好き勝手な雑言。上をないがしろにするにも程  があるわ。 大塩 いやそれに相違御座りませぬ。官米御下付の件、殿はならぬと仰  せられやうとも、痩せたり枯れたりとも、此の大塩、命に掛けてでも  成就させて見せまする。 山城守 ふん、面白い。よくも臆面もなくその様な事が言へるわ。なら  ぬと言つたらならぬ。こんなものに用はないわ(建白書を大塩に向つ  て発止と投げる。巻紙はばさ/\になつて大塩の前に落ちる。大塩び  くともせぬ様子。) 大塩 (怒り心頭に発したのを堪へて)奉行殿、余りと言へば御無体な。  ならぬとならば是非もない。無為無能、民のことをちつとも思はぬ奉  行殿なら致し方もないわ。ああ民も無慈悲な大阪奉行殿を持つた事で  あるわい。(と起ち上らうとする。左片膝を挙げて山城守をぐつと睨  む。) 稲垣 ほんに解らぬ奉行殿。民を見殺しにするならそれでもよい。こち  らの民にもちやんと所存がある。(起ち上る。) 斎藤 黙つて聞いて居れば何事。解らぬ奉行、馬鹿奉行。こんな所には  もう用はないわい。(起ち上る。) 木村 先生、もう帰らうでは御座いませぬか。如何に言つても聞かなけ  れば所詮致し方のない事。こんな奉行で何が出来るものか。(興奮し  てすつくと起ち上る。) 山城守 (憤怒の形相物凄く、四人の者を睨み付ける。)余りと言へば  悪口雑言。ただ事では済まさぬぞ。それ各々方、此奴等四人引捕へて  一緒に牢へぶち込んで了ひ召され。(片への太刀を持つてすつくと起  ち上る。) 与力同心 (今迄の鬱憤に)それつ。引捕へてなぐり殺しになしくれん。  (それ/゛\白洲に降り立つ。)   大塩、稲垣、斎藤、木村の面々すつくと立ち上り、奉行、役人等を   睨み付けながら、ぢりぢり後へ退つて行く。役人達は四人の物凄い   眼光に恐れてたぢ/\となる。四人の者ぢりぢり後退りしをして順々   に奉行所を出る。大塩一人だけが門際で頑張つて居る。 大塩 まあ/\お静まり下され。どうも御邪魔致しました。これから拙  者は飢民の為に出来るだけの事をせんものと存じて居ります。では奉  行殿、御健勝で、いかう、御邪魔致しましたことで御座る。(役人達、  あつけに取られた様子。) 山城守 おの/\方、彼奴等は気狂ひだから、もう相手になさるな。も  うよいよい。今に大塩、干からびて野にのたれ死にをする日が来るか  ら、其の時には泣かぬがよいわ。たはけ奴。疏い奴等だ。勝手にうせ  ろ。(かんかんに怒つて了つて、どうにかなれと言つた調子になり、  大塩に向かつて悪罵をあびせかける。)             のた 役人共 気狂ひ野郎。今に斃れ死ぬから見て居ろ。はははは。 大塩 其の気狂ひが今に何をやるか知れぬから見て居て下され。ははは  は。(四人笑ひながら奉行所から離れていく。)





齷齪(あくせく)
 


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