やから
山城守 黙れ大塩。汝等如き将軍家を思はぬ輩が無闇な口出し、穢らは
しいぞ。当今の天災に汝等如き虫けら同然の奴等が、齷齪骨折つたと
て何の足しにならうか。馬鹿な事を申せ。
大塩 いや、そりや御無態。ちと御言葉が過ぎると存じます。私如きも
のでも、私財で以てすれば幾らか足しにはならうと思ひ、出来るだけ
の事は致して居る積り。なほこれに官米を以てすれば、必ずや窮民を
救済する事が可能と存じまする。畏れながら当今の無為無能の役人、
達とはわけが違つて居ります積り。飢民を見殺しにするとは余りにも
無為無能には御座りませぬか。まことに不甲斐ない当今のお上のお仕
打ち怨みに存じまする。
山城守 言はして置けば好き勝手な雑言。上をないがしろにするにも程
があるわ。
大塩 いやそれに相違御座りませぬ。官米御下付の件、殿はならぬと仰
せられやうとも、痩せたり枯れたりとも、此の大塩、命に掛けてでも
成就させて見せまする。
山城守 ふん、面白い。よくも臆面もなくその様な事が言へるわ。なら
ぬと言つたらならぬ。こんなものに用はないわ(建白書を大塩に向つ
て発止と投げる。巻紙はばさ/\になつて大塩の前に落ちる。大塩び
くともせぬ様子。)
大塩 (怒り心頭に発したのを堪へて)奉行殿、余りと言へば御無体な。
ならぬとならば是非もない。無為無能、民のことをちつとも思はぬ奉
行殿なら致し方もないわ。ああ民も無慈悲な大阪奉行殿を持つた事で
あるわい。(と起ち上らうとする。左片膝を挙げて山城守をぐつと睨
む。)
稲垣 ほんに解らぬ奉行殿。民を見殺しにするならそれでもよい。こち
らの民にもちやんと所存がある。(起ち上る。)
斎藤 黙つて聞いて居れば何事。解らぬ奉行、馬鹿奉行。こんな所には
もう用はないわい。(起ち上る。)
木村 先生、もう帰らうでは御座いませぬか。如何に言つても聞かなけ
れば所詮致し方のない事。こんな奉行で何が出来るものか。(興奮し
てすつくと起ち上る。)
山城守 (憤怒の形相物凄く、四人の者を睨み付ける。)余りと言へば
悪口雑言。ただ事では済まさぬぞ。それ各々方、此奴等四人引捕へて
一緒に牢へぶち込んで了ひ召され。(片への太刀を持つてすつくと起
ち上る。)
与力同心 (今迄の鬱憤に)それつ。引捕へてなぐり殺しになしくれん。
(それ/゛\白洲に降り立つ。)
大塩、稲垣、斎藤、木村の面々すつくと立ち上り、奉行、役人等を
睨み付けながら、ぢりぢり後へ退つて行く。役人達は四人の物凄い
眼光に恐れてたぢ/\となる。四人の者ぢりぢり後退りしをして順々
に奉行所を出る。大塩一人だけが門際で頑張つて居る。
大塩 まあ/\お静まり下され。どうも御邪魔致しました。これから拙
者は飢民の為に出来るだけの事をせんものと存じて居ります。では奉
行殿、御健勝で、いかう、御邪魔致しましたことで御座る。(役人達、
あつけに取られた様子。)
山城守 おの/\方、彼奴等は気狂ひだから、もう相手になさるな。も
うよいよい。今に大塩、干からびて野にのたれ死にをする日が来るか
ら、其の時には泣かぬがよいわ。たはけ奴。疏い奴等だ。勝手にうせ
ろ。(かんかんに怒つて了つて、どうにかなれと言つた調子になり、
大塩に向かつて悪罵をあびせかける。)
のた
役人共 気狂ひ野郎。今に斃れ死ぬから見て居ろ。はははは。
大塩 其の気狂ひが今に何をやるか知れぬから見て居て下され。ははは
は。(四人笑ひながら奉行所から離れていく。)
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