Я[大塩の乱 資料館]Я
2017.3.2

玄関へ

「大塩の乱関係論文集」目次


『飢饉資料』(抄) その1

司法省刑事局編・刊 1932

◇禁転載◇

第二章 近世の三大飢饉
 第三 天保の飢饉
  一 概 略

管理人註
  

○日本災異志 (五一頁以下)  是歳全国飢饉奥羽最甚(古老実験)  天保四年癸巳春の気候不順なり。四月中旬より日輪朝暮丹の如く光なし。 霧深きやうにて正陽の月陰気勝にて、五月より六月土用に至り袷を用ふる 事なり。  八月朔日大風にて処々立家等吹き潰れしこと多く、両三日なり東北風強 し、追々南西風吹き終に北風となる。九月両三度地震あり、今年凶年なり。 十二月二十三日夜大雪凡三尺余降り積り、道中にて溺れ死にこれあり、竹 木悉く折れ損じたり。明る春二月まで雪あり、金両に付き米六斗二升より 五斗四五升まで、十二月四斗五明る午年五月四斗なり、同五年甲午気候よ ろしく大豊作なり。初冬より寒中雨雪少し。  同六年乙未春雨雪少し、追々気候不順にして五六月冷気にて違作なり。 冬雪降らず寒気薄く、十二月中の頃、日向の畑に付附けたる菜種の花吹き、 西風など一切なく悉く暖気なり。寒中少しも氷らず、金一両に付米七斗四 五升より追々上り、明る申年六月六斗なり。前條の通り追々違作続きし故 に穀物高価となりし事。  同七年丙申春雨雪なく気候不順なり。日和少く曇り、四月下旬頃朝暮冷 気又は晴れたる日などは二三月頃の如し。悉く濛気をなし、霧の深きやう なる時もあり、日々北風ありて五月となり。中の頃雨降る節は焚き火に当 り、田植え等の節は夕方は手足悉く感ずることあり、六月土用となり日々 曇り北風ありて冷気、朝夕は綿入を用ゆる時あり、六月十四日より少し晴 れ、同十五十六日晴れ、暑中の事故に少し汗を発する体なり。同十七日よ り冷気にて曇り晴天といふことなし。二百十日となりし処漸く早稲の穂出 て、何分日和なき故に実入り難し。中稲もそれに続いておくれ、晩稲は猶 追々出穂おくれになり、八月彼岸になり稲穂出る故にすて立ちとなり実の らず。九月下旬大霜ふりて氷りたる故に粃となり、田畑諸作物共に実のら ざる故諸国凶作大飢饉となる。其秋の半の相場金一両に付き米三斗二升五 合より二斗三升作。  (農商工公報)(栃木県下野国河内郡駕蒲生村老農田村吉茂日記)


(しいな)
殻ばかりで中身
のないもみ






 


『飢饉資料』(抄)目次/その2

「大塩の乱関係論文集」目次

玄関へ