海産粮之食物
海浜の人は海産を以て救荒に備へたるもの、古へより往々之あり、殊に漁
人の如きは、田畑を多く有せず、朝に釣り、夕に鬻ぎ、日々の生計を営むも
の多ければ、常に余裕も少く、況して凶荒に際すれば、農夫より其困難一層
甚しかるべし、故に平常心を用て多少の貯蓄をなし、以て飢餓を免ること勉
むべし、
凶荒には草根葉実も人皆採て糧食になし、自然乏しく、宜しく海産物を採
て救荒に供すへし、殊に此産物は貯蔵久しきに耐へ、且慈養品なれば、其功
草根木実の比にあらず、左に其種類の大略を挙ぐ、
アラメ
藻苔類 昆布、裾帯菜、裙帯、石花菜、恵期草、 菜、袋海苔、鹿角菜、
海羅、神馬草、雪海苔、索菜
右之類能く塩気を去り、充分に乾燥し、苞に収め貯へ置く時は、虫付な
く、久く耐ゆ、之を糧食とするには、よく粉にして米麦雑穀他澱粉質を有
する馬鈴薯、或は甘藷、蕨粉等に和して炊き、団子に製し食すべし、又瓊
脂を製して食すべし、是等は大に飢を凌ぐもの也、現に佐渡国海布浦の漁
民は此海馬藻を粉末として糧食せりと救荒要録云へり、
右の親は多く産するものにして、且製造するにも易く、又久しく貯蔵し得
らるゝ故に、常に貯へ置くを宜とす、其他魚介に限らず、多く漁 撈して塩
乾 し得るものは貯蓄すへし、是等の魚介は一粒の穀類なきも、食して飢を
凌ぐべし、已に蝦夷土人の如きは、往古より鮭鯡の乾物のみを食物として生
活せしなり、又下総の瀬海には、蛤仔若くは を採て扶食の半を助ることあ
り、其他風時の難に遭へる水夫の如きは 、或は鰹節を噛て一週日も洋中に
露命を繋ぎともの往往あり、殊に魚介の乾物は小量を食して久しく飢を凌く
に堪へねものなれば、実に救荒の要品たるべし、又救荒便覧に兵粮丸方と題
し、魚介を以て調和する方あり、左に掲げて参考とす、
晒米十五匁 蕎麦粉五匁 勝尾武士三十匁 饅驪皐三十匁 梅干肉三十
匁 生松甘肌三十匁
以上酒に蒸し、右の薬粉にて梅干肉に松の甘肌段々に入れ、能く押合す、径
三分余に丸して、一日二三粒宛用ゆ、七八日の飢を凌ぐ、
又、方干鮑二十匁 大麦十匁 鯉三十匁 餅米五十匁 茯苓十匁大白上
海鼠三十匁
右粉にて丸し、朝夕一粒つゝ用ゆ、常に遠行食心之なき処へは持つへし、
又方田螺を生醤油にて煮て干すなり、十ばかり懐中すへし、夫を噛み喉か
わくに湯を呑めば食になる、又串海鼠を醤油にて煮食すれば、廿四時保つと
あり、
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