いきせき
詞『と小泉渕次郎が眉を顰める折柄、また/\一人の同心が息急切つて
帰つて来た。
△『モシ旦那…… タゝ大変でござります。
済『何ツ……。
△『御奉行様のお指図で只今一組の与力同心、御門前に集つて居ります
る。
ど とり
済『小泉、何うも益々不審ぢや、宿直の我々を差し置いて、奉行自ら捕
て
吏を集めるとは何事でござろう。
△『旦那、ソンなこと云つている間ぢやございません、密訴した奴ア、
臆病ものゝ平山、吉見でござりまする。
済『エツ…… 間違ひはあるまいな。
たしか きやつ や つ くゞり
△『そりやアもふ確でございます…… 彼奴等が丑刻頃に潜門から這入
ましたことは、門番が顔を見覚えて居ります。
節『聞いて両人は眼をいからし、クワツとせきたち物をもいはず、刀お
つるり立ちあがる。
済『小泉、モウ猶予する場合ではござらぬ、一刻も早くこのことを先生
てちがひ
へ知らせねば万事の齟齬、邪魔する奴は片端より、斬つて/\斬りま
くらん。
詞『と言ひつゝ袴の股立ち取つて出んとする。トタンに入り来る捕手の
面々、御用々々と声かけて、ドカ/\と這入つて来た。
いのち
小『瀬田氏、御油断召さるな、此処は拙者が生命に替てお引受け申す、
貴殿は一刻も早く……。
済『心得申した。
ますらを
節『もの\/しやと大丈夫が、抜く手も見せぬ修練の早業、一上一下一
とう\/
進一退虚実を尽して薙立る「遂々一方を斬開いて出た、ソレツ取逃し
ては一大事、バラ\/と」敵の作る鎗ぶすま、くりだす穂先は秋野の
すゝき あなた こなた
薄「済之助はモウ死物狂ひ」彼方に顕れ、此方に出で、縦横無碍にき
こぶし
りまくる、挙のさえは稲妻の、いからを走るにことならず。
してう
詞『やゝ暫らく戦つて居りますうち、如何なる隙やありけん鷙鳥の如く
かいくゞつて、天満川崎の大塩の邸に着いて、密訴の次第を物語る、
わかれ
お話し岐路て小泉淵次郎でございます、取り囲まれては斬崩し、斬崩
しては取囲まれ、必死となつて戦ひましたが、多勢に無勢。
ものゝふ
節『あはれ小泉淵次郎、身体疲れて綿のごと、嵐に散るや武士の、赤き
心の色みせて、血汐に染るからくれない。
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