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○『オヤ、大塩氏が菓子函を持ち出したぞ。
△『成る程、我々へ茶菓子でも御馳走する了簡ではござるまいか。
あ
○『左様、彼れの事だから何んとも変ではござらぬか。
△『ナニ矢張御馳走する気でござろう、彼れも中々の苦労人でござるか
らの。
そ う か
○『イヤ然うでもあろうが、放心と手出しはなりませぬぞ。
あ ん
△『仰せの通りじや、彼れが役所へ彼様な物を持参するとはチト怪しふ
ござるての。
いづ
○『何れに致せなんとも心得ぬ振舞でござる。
きやつ
△『左様々々此れを幸ひ、彼奴が日頃の慢心を懲さねば溜飲が下らぬて。
い か
○『溜飲どころではござらぬ、高井殿を笠に着て、行く/\如何に増長
するか知れ申さぬ。
こぶ
△『イカにも彼奴に増長されては目の上の瘤でござる。
さ
○『御尤でござる、え…… 何んとか申すではござらぬか、ね…… 然
うぢや、二葉にして刈ずんば遂に斧とやら、彼奴に頭を上られては、
我々の不利益でござる。
くだ さいぎ
節『と、管を以て天を窺ふ小人が、猜忌の雨に嫉妬の風、口に極めてあ
ざけりの。
○『大塩氏、この菓子函はイカになされたのぢや、何事にも御発明の其
こ ゝ かやう よしあし
許であるから、役所に斯様の物を持参する良否は我々が申さずとも御
承知でござろう。
そこもと
△『御同役の仰せの如く、御発明の其許が役所へ持参なさるは…… ハ
ハア、判つた我々を安く見くびりたる仕方、謂はゞ侮辱なさるでござ
ろう。
△『左様々々、大塩氏の心底相見えた、斯様な汚らはしいものは、我々
見るも心地が悪い。
かたち
節『と云ひながら起ち上り、今や足蹴にかけんとする間一髪、容儀を改
めハツタと睨み。
おの/\ しづまり わきま
平『各々方、何となさる…… 先づに鎮静下さい。左程の事弁へぬ大塩
平八郎ではござらぬ、此の品は各々方へ献ずるものではない。
○『ナント……。
いだ
平『只だお目通りに持ち出したまで。
○『エツ……。
平『イヤ、左様にお騒ぎなさるな。
節『物言へば唇寒し秋の風。
平『ハゝゝゝ、各々方には此の菓子函を何んと見られた、斯様な菓子は
不肖の平八郎初めて拝見致し、あまりの珍らしさに持参いたした。
と
節『ハツト驚く一同の、顔色ながめて蓋去れば、菓子にはあらで山吹の、
花の実もある大判小判、いよ/\一同驚いた。
平『何んと珍らしい菓子でござろうがの「エツ」イヤさ各々方にも初め
ての筈。
節『ヂロリツト見廻す眼の光、一同顔色蒼醒て、脇の下から汗ピツシヨ
リ。
平『ぢやが此の菓子の味はひ御承知とあらば容易ならざる次第。
まなこ くら みだ あやふ
節『モシも天下の役人が、これに眼の眩む時、政道紊れて人心殆く、禍
危之より生ぜん、されば八重山吹の一重だに、人のゆるさぬ枝折るな、
花こそものは云はねども、げに楊震が四知の戒、壁にに耳ある世の中
ぢや。
詞『之れから日一日と役所の風紀も改まつて、平八郎を恐るゝこと雷の
如く賄賂沙汰など全くなくなつて了つたが。
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四知
どんなに秘密
にしていても
いつかは他に
漏れるという
こと
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