(二)
まつり
詞『四月十日は東照宮の祭日でございまして、城代土井大炊頭利位を初
め東西町奉行跡部山城守良弼、堀伊賀守利堅は建国寺へ参詣する日で
ま みな
ございますから、此の時を埃つて不意を襲ひ、俗吏の巨魁を一挙に鏖
ごろし かねぐら こめぐら
殺にして、金庫や米庫を開いて窮民に与ふる計画であつた、が同志の
うちに平山助次郎に吉見九郎左衛門と云ふ臆病未練な奴があつて、一
おそ
旦は大塩の決心に懼れて賛成したものゝ、決してソンな勇気のある奴
ぢやない。
平『吉見氏、貴殿は今度の一件に就ての覚悟は如何に決められた。
吉『サア…… 其の事で心配いたして居る。
たとへ
平『拙者も心配いたして居る、仮令先生のお見込み通りに参つた所で、
天下の大兵を引受ては中々難儀でござるテ。
さ う まみ あかつき
吉『左様ぢや、一敗地に塗れた暁天はお互に三尺高い木の上で、
しにはじ こじき ほめて
節『死耻曝すは判つて居る、言はゞ乞丐の断食同然、誰れも褒人はござ
るまい、命あつての物種ぢや、何かよい智恵あるまいか。
わざはひ
平『左様、命あつての物種ぢや、今のうち密告して禍災を逃れて一身の
安全を図るが当世ではござるまいか。
吉『いかにも、それはヨイ処へお気が付いた、善は急げと申す儀もござ
れば、只今より密告いたさうか。
さゝや うなづ のう
節『其の手筈はかう/\と、耳語く平山点頭く吉見、喃と耳へ吹き込め
うん
ば、呟と胸に呑込んで。
詞『東町奉行跡部山城守へ密訴いたしたは、二月十八日の丑満時、当今
の午前二時でございます、山城守は寝て居りましたが平山、吉見が密
びつくり
訴の顛末を聞いて、吃驚仰天。
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