Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.4.14

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「大塩の乱関係論文集」目次


『民本主義の犠牲者大塩平八郎』

その118

相馬由也

開発社 1919

◇禁転載◇

十六、叛逆か大不敬か (6) 管理人註
   

                   けつき  平八郎は弱者の憤怒の威厳を示すべく、蹶起してデモクラシーの為に                               なみしずか 血祭となつたが、而かも徳川氏の鼎の軽重は是より問はれた、四海波静                             きよ に、枝も鳴らさぬ御代なれや、と歌ひ慣れた全国の大小名は、遽々焉と   しゆくすゐ して宿酔より醒めたる如く、俄に武備を、兵器を、調練をと騒ぎ立ち、 武具師が繁昌し出したと聞くが、就*中旗元八万騎は吃驚仰天、それ槍         あ わ 剣だ、甲冑だと周章て出した、其中に日頃松代侯と親しい一人があつて、 理由丈は鹿爪らしく、今度大阪に一揆が有つたに就いては行く/\は如 何様な騒にならうも知れませんから、甲冑の仕度を致し置かなければな らぬが、生憎用意が有りませぬ。就いては貴藩では平素武備の御沙汰が 御厳重であると承つて居るから、是非一領拝借願ひたいと依頼に及んだ。                みかは 天下の武士の風上に立つべき筈の参河武士の子孫がオメ/\武備が御座                     つら らぬによつて、大名に拝借頼むなどとはどの面下げても言へた義理では 無いのだが、それを斯う言ふからには、能く/\苦しいと考へられたの で、松代侯は快く甲冑一領貸し与へられたばかりか、極々内々にして話 の洩れぬ様にと自ら注意された、然るに借りた其旗元は平気どころか、 却つてそれを手柄にし、誇り顔に同役に向つて、貴公達は此難渋な世の 中に、武具師を頼んで甲冑造りといふ様な馬鹿な金の遣ひ方をしとる様                            いかが だが、拙者等は例の真田に押掛て、甲冑一領まんまと頂戴は如何で御座 る、ちと此軍略を見て呉れ給へとでも言つたらしく、すると孰れも揃つ               おく た恥知らずの分別無しどもだ。後れ馳せに故智を学んで松代屋敷へ馳せ 参じ、承れば、御屋敷には善い具足が御座る相だが、一領拝借致したい の、頂戴致したいのと、僅の線を便りに勝手な申込をするものが段々増            ゆかり 加し、仕舞には一向縁も由縁も無いもの迄押し寄せるといふ始末に、是       あき には真田侯も惘れ果てて、一切断つた相で、真田侯から直接水戸の烈公 に之を話されたといふ、此醜態は独り真田侯ばかりが知り居るのでなく、 隠すより顕るるは無しといふけれど、腐敗に腐敗した彼等旗元八万騎は、 其隠すといふだけの廉恥心だに持合はさぬのだから、我口からも次第に 天下に暴露したに相違ない、而して平八郎ならぬ天下の志士、若しくは                き ゆ          きざ 野心家をして、本当に徳川氏を覬覦するの念を萌させた事を疑はぬ。                        ほうすゐ  況して、世は直に、弘化、嘉永となり、外交の事で烽燧は頻に挙り、               うちかぶと 警鐘は頻に乱打される。幕府の内兜は益々見透かされ、失体は続出する、 茲に隠れた覬覬の念が次第に天下晴れての倒幕論となつて、公々然、激 徒の口に伝唱されるに至つた。而して遂に雄藩諸侯の心をも動かし、斯                          やが くして、鳥羽、伏見の破綻と迄、時代は刻々に進転し、軅て皇政一新の 鴻業を出現したのである。平八郎が絶えず忠節を励まんと心掛けた徳川 幕府の無残にも顛覆し了つた点より考ふれば、彼の心事や甚だ憐むべき であるが、而かも平八郎の一肌入れて蹶起したデモクラシーが斯く迄凱 歌を奏し得た事には、彼も地下に大なる満足の意を表して宜しいであら     こも/゛\        まさ う、悲喜交々至るとは、当に地下の彼の情緒でなからうか。由来漢の高 祖の役は儲け役だが、陳勝、呉広の役は損な役である。而かも誰も望ま ぬ此損な役割を、自ら損な役割と知りつつ、彼が蹶起したとすれば、其                     らうか 情や憐むべく、而して身を殺して仁を為すの牢乎たる決心なき者の為す 能はざる所である。併し彼に果して斯く迄の決心が有つたか否かは、固 より彼の胸中の秘であつて、彼以外には何人にも窺ひ知るべからざる所、             こころ/\ されば此推測は考ふる人の心々に任すより外は無い。

覬覦
身分不相応な
ことをうかが
い望むこと


烽燧
のろし



























牢乎
ゆるぎない
さま






 


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