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こつかう
ところが斯ういふ骨の臣が前後或は死し、或は勢を失つた後の政治
しかい
は次第に弛解する一方で、水野忠成が老中となつた翌文政元年の暮の財
ありきん
計を見るに、幕府の此暮の有金高は、六十五万八百六十余両に過ぎぬと
いふ有様になり、翌年一切の支出を弁ずるにも足らぬ。之を寛政の有金
に比すると四十二万八千九百余両を減じて居る。是は勘定奉行服部伊賀
守、古川山城守両人の報告だから確実である。唯思慮も無く贅沢をして
来たが、限有る財源には必ず枯渇が来る。行き当りバツタリのやり方だ
そもそ
から、愈よ行き当つて見ると、さあ策の出づる所が無く、是が抑も小才
子水野忠成の愈よ時めく序幕となるので、彼は此救済策として貨幣改鋳
の議を進めた。智慧の無い有司等は地獄に仏を得た心地、早速それが宜
からうと評議が一決に及んで、是より忠成が勝手掛となり、思ふ儘に幕
府の財政を切廻したのである。何しろ譬へば十の価の有る貨幣を取上げ
て半分以上の混ぜ者をし、五以下の価ほかない貨幣を造り出して之を天
下に行ふといふのだから、素人考へには旨い話、一朱が二朱三朱にもな
り、一両が二両三両以上にもなる。一寸妙計と想はれもしやう。けれど
た
も、一般国民は盲目でない、否其道に長けた商人の眼は、言ふ迄も無く
分秒の末をも比較する程に肥えたものであるから、一片の御触書位の事
で、それ丈の価無きものをそれ丈に遣はす事の出来る筈がない。法制禁
令の力は其民間貯蔵の旧貨幣の回収位を為し得るとしても、最早や物資
を従来の率を以てそれと交換させる事は出来ぬ。即ち貨幣の価が安くな
つたのである。物資の方からいへば物資の価が高くなり行くのである。
茲に一般国民の生活の不安が襲来するのだが、彼れ忠成等は之を知りし
や否や、否それは如何でも宜しい、唯将軍之を知らず、左右の老臣等も
はゞ
亦之を知らず、知るも之を沮みさへする者がなければ宜しいのである。
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骨
魚の骨がのどに
つかえること
有金高
金銭の現在高
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