|
併し此忠成も寄る年波には勝ち難く、天保五年二月に遂に病を以に勝
手掛を罷め、大久保加賀守忠真、松平康任の二人が代つて其職を分任し
たが、而かも上には已に泰平の驕児と為り了つた大御所様の家斉が尚ほ
きよがう いんねん よげつ
居れば、それには倨傲なる一橋も縁して居る。余蘖の従つて残存して
容易に除き難いものがあつたと見えて、大塩の大阪乱後、まだ程遠から
ぬ頃の事を記したものと思ふが、藤田東湖の見聞随筆に在る矢部駿河守
の談話にも「悪金銀の事に至つては上方銀相場に拘り、以ての外よろし
からず、然れども嫌疑ありて容易に論じがたしといへり」とある。以て
当時の吏情の険悪であつた事を十分想像が出来やう、併し此様な空気の
中に在り乍ら、矢部は東湖の問に答へて、物価騰貴の原因を詳に次の如
くに述べて居る。「此事某職にては日夜苦心する所なり、閣老並に勘定
しば/\
奉行辺の論は罪を奸商に帰して其奸を摘せよと某に屡督責すれども、某
が論はこれに異れり、如何となれば近来新金銀行はれ、今の桜銀(一分
銀、即ち一貫五百文)は金百匹(一貫五百文)に通用すれども、二十年
以前の南鐐(二朱銀、即ち七百五十文)にしかず、その余推して知るべ
しやうか にく ひがこと
し、官にて如此不正の事を行ひ給ひ、唯商賈のみ悪むは僻事なり、駿
河守もゆめ/\奸商を護するにはあらざれども、物本末あり、第一に悪
金銀停廃し給ひ、其上にも物価騰貴ならば、駿河守いかにも奸商の罪を
きくもん
鞠問すべきものを」とある。何時の世にも浅見者の眼は、物価騰貴とい
へば直に奸商と思ひ附くけれども、勿論儲けるが本位の商人の事だから、
機の乗ずべきあれば、即ち動いて一攫千金を心掛けるは寧ろ当然の事で、
其乗ずべきの機を作る原因が、更に一層深き処に潜んで居る方に注意し
て、之を防ぐことが為政者の勉むべき所である。此点に至れば、流石は
さく/\
当時に盛名嘖々たる駿河守だけあつて彼の慧眼は確実に其病根を透視し
は い
て居た。「第一に悪金銀停廃し給ひ、其上にも物価騰貴ならば、駿河守
いかにも奸商の罪を鞠問すべきものを」と、此語が彼の唇頭より洩れ出
づる時には、如何ばかり強烈なる確信の力が其眼底に光つて居たかを想
像する事が出来る。
|
倨傲
おごり高ぶる
こと
余蘖
滅亡した家の
余類
鞠問
罪を問いただ
すこと
|