Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.2.8

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「大塩の乱関係論文集」目次


『民本主義の犠牲者大塩平八郎』

その75

相馬由也

開発社 1919

◇禁転載◇

十 陽明学と彼の所謂孔孟学 (5) 管理人註
   

 理気一ならば、事物の善悪は如何にして起るかといふ疑問は当然起る                      せい が、是に対して陽明は、「善無く悪無きは理の静、善有り悪有るは、気  どう の動、気に動かざれば、即ち善無し、是を至善といふ」といひ、又「只          したが 汝が心に在り、理に循ふは 、便ち是れ善、気を動かすは、便ち是れ悪」                           おこなひ といつて居るので、気が理の命ずる所に従つて動けば、其行は善である が、気が動いて理がそれに屈すれば、其行は悪になるといふのである。             あきらか               はたらき されば心は常に天理に於て明かでなければならぬが、それは知の働に属             する。而して彼は「性は善からざる無し、故に知は良からざる無し」と かんがへ       なづ の考から、之を良知と名け、知を致すとは良知を致す事とし、「良知は        ちう 即ち是れ未発の中、即ち是れ廓然太公、寂然動かざるの本体にして、人々                 こんぺい           すべから の同じく具する所なり、唯だ物欲に昏蔽せられざる能はず、故に須く学                    かく         きた んで、以て其昏蔽を去るべし」と言つた。此の如く観じ来ると、朱子と 陽明とは、其格物致知の出発点に於て、解釈の異なる所あり、理気説に 於て、大に異なる所があるけれども、而かも大観すれば、陽明は致良知 を力説し、朱子は窮理を力説するといふ丈であつて、朱子は、必ずしも 陽明の力説する致良知を否定して居らぬ事は、已に平八郎の説いた通り 間違無い事実であつて、是は陽明自身も亦認め居るが如く、人の朱子の 弱点を指摘して評論する者あるを見て、彼は之を非とし、吾説の、朱子                            ごうりん と時に同じからざる所があるのは、門に入り、手を下す処に毫釐千里の 分ちが有るからの事で、黙つて居れぬからだ、けれど、吾の心は朱子の     ちよつと 心と未だ一寸も異つて居らぬといつて居るのでも知れる。


















廓然
心が晴れわた
り、わだかま
りのないさま

寂然
ひっそりとし
て静かなさま

昏蔽
おおいかくし
て暗くするこ
と








毫釐
(ごうり)
ごくわずか
なこと
「毫釐の差は
千里の謬り」
少しの違いが
ついには大き
な違いを生じ
るということ


『民本主義の犠牲者大塩平八郎』目次/その74/その76

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