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何故今少し骨を折つて彼等富商に寄捨させぬか、何故富商等も自ら進
ほしいまゝ
んで寄捨をせぬか、窮民飢餓に泣く一方に、彼等は驕奢を恣にし、揚屋
遊び、茶屋遊びに人目を憚らずに居る。彼等の中には、十人両替となつ
て三郷全体の両替屋を取締るもあれば、御用融通方になつて官金を預る
者もある。是等の職に居るものは、公儀から名字帯刀御免になつた上に、
諸役免除の特典をも受ける。又彼等の中には前に話した諸藩の蔵元にな
ぎんしゆ
つて米穀其他の貨物を取扱ふのもあれば、又掛屋(銀主ともいひ、大名
に金を貸す者)を営み、一方に蔵物販売の代金を受取り、一方に之を各
か う
藩の国元、並に江戸屋敷に仕送る等の仕事を取扱ふ。斯様した蔵元若し
くは掛屋といふ様な蔵屋敷関係の者は、金談のある毎に、必ず蔵役人と
共に相携へて、馴染の揚屋、又は茶屋に入り、其処で一切の用談を遂げ、
はべ ふ ざ け
それから放歌乱舞、美人を侍らせて、巫山蹴散らすが常であつた。守貞
遺稿を見るに、銀主は元金に対して月利をキチンと取る上に、関係ある
藩より禄米、日俸等を受け、手代迄が手代扶持を受くるもの多く、各藩
に依つては其銀主を臣下並にし、用人格などといふ者もあり、又紋服及
かみしも の し め
び、或は熨斗目の服、肩衣、羽織等を拝領といつて与へ、其他種々
国産等を賜へば、銀主よりも、毎時上物をし、臣僚へも音信、音物等を
しば/\
屡次す。蔵屋敷留守居役は、正月は長棒、乗物に乗り、引馬を曳かせ、
数十人の供を連れ、銀主に新正の祝を述べ廻る。銀主の家に葬式の有る
時にも、亦留守居役は駕籠に乗り、鎗を立てゝ之を送るといふ様に書い
てある。阿弥陀は金で光るとやら、何時の世にも金権の勢力といふ者は
素晴らしいものでないか。
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守貞遺稿
『守貞謾稿』
喜田川守貞著
長棒
「長棒駕籠」の
略、かつぎ棒が
長く、数人でか
つぐ上等の駕籠
新正
(しんせい)
新年の正月
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