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『赤心』と云ひて人間の無私なる誠心を赤き心とするのはやはり血液
の色に取つたものでありませう。この『赤』亦空虚の義であることは
『赤手空拳』とか、『赤貧洗ふが如し』なぞと云ふ熟語の示す通りであ
ります。実に心臓の作用は太陽系に於ける太陽に比すべきものでありま
して、空虚の性よく全身混濁の血を集めて之を肺臓に送つて清新なるも
のとして、再び身内各器官に与へてゐます。即ち暗赤色の静脉血が、静
脉及び心臓の右前房を経て右心室に入り、それから肺動脉、肺毛細管及
び肺静脉を経て左前房に入り、遂に左心室に還つたときは、もう鮮紅な
る動脉血となつて、大動脉及び全身動脉を経て毛細管に流入し、循環周
流瞬時も止むことなくして、或は各器官の間に行はるゝ物質の交換を媒
介し、諸器官に栄養物質や酸素を輸送したり、代謝産物を排除したりな
ぞの大使命を行ふのであります。私は曾て血脉の営々たるこの働きを、
易の坎卦によつて説明したことがありますが、今にして思へば、血液は
単なる水ではありません。酒や油と同じく血は水の陰に火の陽を兼ぬる
ものであります。若し夫れ心臓を身内の太陽に擬するならば、血液は一
面太陽の放散する光熱に喩ふへぼきものでありませう。さきに太陽系全
体の旋回運動の秘密は、中心たる太陽の有する空虚なりと申し上げまし
たとき、私はそれがあまりの独断説として耳を蔽はるゝ虞れなきやを竊
に気遣つてゐましたが、今そのアナロジーとして、心臓、空心に本づく
収縮(Systole)と舒張(Diastole)の両作用が能く全身血液運動の源と
なつてゐるの事実を挙げて御参考に供したいと存じます。詳しく申上げ
ますと、心臓の心室がリズミカルに収縮する為めに、血液が大動脉や肺
動脉に流れ込み、その部分の血圧を亢進せしめます。それから心室が舒
張するとき、前房や静脉から血脉を受容するのですが、それは所謂心臓
の弁膜移動によつて、流出血液の環流を防ぎ、その刹那心室が真空とな
るからであります。
かく血液運動の原因たる血圧は、心臓の縮張から生じるのであります
が、しかも大動脉から動脉、毛細管、静脉を経て再心臓に達する通路に
於て、血圧は次第に減退して行くので、血液は何うしてもその方向に流
れずにゐられないのであります。
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坎卦
(かんけ)
坎は八卦の
ひとつ
Systole
心臓収縮
Diastole
心臓弛緩
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