Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.8.25

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩中斎空虚の哲理』

その3

高田集蔵

立正屋書房 1925

◇禁転載◇

一 科学的考察(1)管理人註
   

 これより聊か空虚の哲理を闡明せんとするに方りまして先づ之を科学 的に考察し、次に哲学的に思索し、終りに宗教的に之を体験するの道を 取るを便と致します。  第一、科学的に空虚を考察すると云ふは、森羅たる万象即ち天地の現 象に就きて、その作用、その作用の由りて起る元機を研究するのであり ます。而かも森羅たる天地の現象は限りなく千様万態なるが如く見えま すが、ザツト之を大別して   一、自然的現象――天地   二、生理的現象――人体(動植生)――小天地   三、物理的現象――人為人工 の三科に分つことが出来ると思ひます。  物理的現象は必ずしも人為のものに限らず、天然の現象に就いて説明 してもよいのですが、この概説に於ては、通俗を主とし理解を容易なら しめる為めに、特に人工の機械に其の例を取つたのであります。手近か なところから申し上げますと、今此の室が斯く明るいのは、こゝに煌々 たる電灯が輝いてゐるからであります。これは勿論電気が電球中の炭素 線を伝つて一種の燃焼作用を起してゐるからです。しかしこれには電球 の内部が真空であることを要するので、即ち電灯をして、かく燦爛の光 を放たしめてゐるものは、目に見えぬ空虚であることを忘れてはなりま せん。それからポンプ、サイフオンの類も真空の作用であります。水の 性は下きに就くと申しますが、しかし空虚を満たす為めには水はどれほ どの高処にも上ぼるのであります。私共はまた汽車が轟々と走つてゐる のを見て、蒸気の偉力を思ひますが、蒸気をして、かく偉力を現はさし めてゐる所以のものが亦真空であることは、蒸汽機関の構造に就いて多 少の知識ある人は、誰でも知つてゐるところでありませう。大小工場の 機械のすばらしく運転してゐるのを見て、多くの人は直ぐその動力たる 電気とか、蒸発気とか乃至石炭等を思ひますが、も一つその背後に空虚 なるものがあつてその活動の元機を成してゐることに気附く人は少ない に致しましても、それは極めて皎著なる事実なのであります。それから 近来流行の無線電話――それはエスペラントの普及と共に、地の極から 地の極までの人類を文字通りに親しき家庭の団欒に入らしめようとする、 あの無線電話機の生命とするところは、やはり所謂の二極若しくは三極 の真空管であることは諸君の夙に諒知せらるゝところでありませう。真 空なくしてはX光線すら作ることは出来ません。空虚の利用を除外して、 今後の科学は忽ちその光明を失ふと申しましても決して過言ではないと 考へます。実に空虚は猶神の如きものでありまして、自らその姿を隠し て形のある一切の物を支配し、活かし働かせてゐるのであります。  私は今、真空即ち Vacuum の不思議を理化学上から、もつと詳しく説 明する遑を有たぬのを遺憾と致しますが、さうした専門的研究はとにか く、若し夫れ諸君にして、少しく身辺を回顧せられたならば、諸君が日 常使用してゐらるゝ家具什器、医療機等の類に、真空の理を応用したも のが、いかに沢山あるかに気附かれることでありませう。



闡明
(せんめい)
はっきりとあ
らわすこと































煌々
(こうこう)




燦爛
(さんらん)
光り輝くさま





轟々
(ごうごう)


































(いとま)


『大塩中斎空虚の哲理』目次/その2/その4

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