Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.9.22

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩中斎空虚の哲理』

その30

高田集蔵

立正屋書房 1925

◇禁転載◇

三、宗教的修練
 (其三)(4)
管理人註
   

 陽明が天成篇に於て説くところ、老子のこれらの言葉にヒントを受け たのではありますまいか。西方丁抹はアンデルゼンのお伽噺中、空無の 衣をきて白昼都大路を得々として練りあるいた王様の裸体は、ひとり虚 心なる幼童の一喝によつて明かにされましたが、東方は支那に於ける馬 鹿の由来も面白いではありませんか。  昔し趙高叛意あり、群臣の心己に帰するや否やを験する為めに、二世 に鹿を献じて是れ馬なりと言上しました。「大夫の言なりと覚えず、こ は馬ならずや」との上意に対し、群臣中「否、馬にて候」と答ふる者と、 何とも言ひかねて黙せる者と、正しく鹿なりと憚らず弁ずる者との三種 がありました。同一の鹿を前にして、爰に三種の異言あるによりて、私 共の耳目の聡明も、権威脅迫の前、時として一向あてにならぬことが分 かるではありませんか。肉眼の見るところ正しく判断力も過つてゐない として、猶危懼するところあり、乃至喜楽するところがあると、良知は その光を失つて、正しく之を弁説することが出来ぬのであります。鹿を 見て馬と答へた多数の佞人、権者を憚つて何とも言ひかねてゐた優柔漢 は論外として、諤々鹿を認めて之を鹿なりと弁じた勇者と雖も、是れ一 時慷慨の気に駆られたもので、未だ正言の中を得たものでありませんか ら、間もなく、趙高の為めに暗殺されて仕舞ひました。さて斯うした場 合に直言して能く乱臣賊子の心肝を寒からしめて、禍殃を未然に絶つ真 勇は、ひとり平常不断の致良知、心恒に虚に帰して、活気が全身に横溢 せる誠忠の人のみ能くするところであります。これには孔子陳恒を討戮 するの議を提した適例が挙げられて居ります。  以上主として眼識に関して去虚偽の大要を説きましたが、耳鼻舌の三 根に関しても同様であります。これら諸識が空虚の洗礼を受けますと、 私共は始めて能く天地人生の真実相に面接して、良知自由に働き、言行 自ら誠信たるを得るのであります。  猶身意の二識に於て虚偽を去るの義は、前来説くところの中に含まれ て居るのですが、身根の虚に徹すれば一死生となり、意根の虚に徹すれ ばそれは克己慎独、乃至変化気質となるのであります。



丁抹
(デンマーク)

空無
なにもない
こと







趙高
秦の宦官


















諤々
(がくがく)
正しいと思う
ことを、はば
からずに直言
するさま

禍殃
(かおう)
わざわい


『大塩中斎空虚の哲理』目次/その29/その31

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