Я[大塩の乱 資料館]Я
2000.5.14

玄関へ

大塩の乱関係論文集目次

高安月郊「大塩平八郎」目次


「大 塩 平 八 郎」その14

高安 月郊(1868-1944)

金港堂書籍 1902 より



◇禁転載◇

第五段 其三 大米屋店

 
***
上手に倉あり、下手に入口あり、正面奥深く座敷見ゆ。一方の壁に諸国来状注文帳多くかけ、其下帳場、小さな机を置く。
  金之助、銀兵衛向ひ坐す。
銀兵イヤもうし若旦那、何を考へておいでなされます。
金之何をとはこれ銀兵、お前は中々忠義なものぢやな。
銀兵そりやまたなぜでござります。
金之なぜにとは分らぬが、矢つ張これは阿蘭陀か鸚鵡の方が頼みになる。
銀兵これはまたお情無い、幇間風情と私と、一口におつしやるは、余りではござりませぬか。金之 これでも私が頼りにして、何事も相談するのに、一つもやつてくれぬぢやないか。
銀兵あなたの事で私がせぬ事はござりませぬ。南や北の軍用金、伊勢や京の遠攻にも、大旦那へ内々で、どんどん御用達致しまするのに、兵糧方は損な役、手柄がお目にかゝりませぬか。
金之そんな事は知つて居るわい。
銀兵そんなら何でござります――ア分つた、まだあの敵にお心がござりますな。これはきつい御執心。
金之人もあらうに大塩の内に奉公して居た故、忌々しうてならなんだが、暇を取つて出たからは、何とか仕様がない事か。
銀兵またあの親父が片意地者、容易に落城致しませぬ。
金之それ故そなたを頼むのぢや。
銀兵こりや大分むつかしうござりますな。
金之オそれそれ 天満にある借家一面、私の代になつたら急度お前にやる程に。
銀兵エ、そりや本間でござりますか。イヤそれなれば両肌脱で、大働きに働きませう。
  立上る
  鉄砲の音
金之ヤあの音は?
  手代走つて出づ。
手代大騒動でござりますござります
  内へかけ込む
金之なに騒動、おみねをどこぞへ取られたのか。
手代そこ所ぢやござりませぬ、あの音が聞えませぬか。
金之さあ今聞て驚く所。
銀兵よもや天満ではあるまいな。
手代天満から始まつて大阪中大阪中
金之何ぢや大阪中?
手代あの火を御覧なされませ。
金之なに火?
銀兵(門へ出て)ほんにこりやえらい火ぢや。いやどうやら借家の方らしいぞ。
手代お内の借家は無論の事、火元は与力の大塩から。
銀兵エイ。
金之今時分何の麁相(そそう)
手代麁相所か我と我屋敷に火をかけたのでござります。
金之そりやまた何で何の訳?
手代訳は何やら知りませんが、権現様へも鉄砲打ち、天神様から寺々から、大家と見たら打込みます。
二人エイ
  丁稚走つて出づ。
丁稚来ました 来ました 来ました 来ました
金之来たとはどこへ何者が?
丁稚大塩の軍勢が茲(ここ)へやつて来ましたわいなあ。
二人エイ
銀兵お取方は何で出ぬ。
丁稚お取方は天満橋で待ちかまへて居られます。
金之待つて居るとは手ぬるい話 何で川を渡らしたのぢや
丁稚何であらうが追々と人数は殖えて何百人、火矢をぽんぽん放しますもの、かなふものぢやござりませぬ。
  金右衛門奥より出づ。
金右何ぢや茲へやつて来るとか。
金之こりや何と致しませう。
金右何とゝいふて仕様がない、大事のものを倉へ入れ、持てるだけ持つて出い。
銀兵ヘイヘイそれ皆片付けた片付けた。
丁稚でも体がふるひます。
銀兵弱い事をいふないやい。
丁稚あなたもふるふておいでなさる。
銀兵それは風を引いた故。
金右エイかれこれ云はずと早うせい。私は大事の書類と金子を。
  奥へ入る
  鉄砲の音近づく
金之ヤアそこへ来たと見える。こりやかうしては居られぬわい。
  門へ出る。
向より救民と大書したる旗を先に立て、大筒を人足に引かし、格之助、正一郎、儀左衛門、源右衛門、小筒を持ち、次で天照皇太神としたる旗、大筒――中斎鍬形の兜頭巾、腹巻に黒羽織野袴、手槍を持ち――孝右衛門、忠兵衛、志摩、梶五郎、良左衛門――桐の紋つきたる旗、大筒、済之助、其外大勢、具足櫃葛籠を担ふて――出づ。
金之ヤこれは。
  逃込む
銀兵来ましたな。
  裏へ逃入る
金之これ待つてくれ待つてくれ。
  皆逃入る
格之此家こそ大米屋、
中斎積みし金銀第一なるべし、倉あけてまきちらせ。
一同ハア――
  正一郎、儀左衛門内へ入る、金右衛門手箱をかゝへて奥より出つ。
正一(捕へて)こりや汝は何者ぢや。
金右ヘイ召使でござります。
儀左然らば倉へ案内致せ。
金右倉はあれあれ あれでござります。
儀左あればかりではあるまい、外にも多くあらうがな。
金右外のはつまらぬ物入でござります。
正一 然らばこれより。
  倉に入る、金右衛門裏へ逃げ入る。
正一 (出で来り)此倉はつまらぬ物入、彼奴いつはりを申したな。
中斎(内に入り)奥の方をさがして見よ。
正一ハツ、
  数人奥に入る、直に金箱、箪笥の引出し、掛物箱、道具箱、など持て出づ。
中斎それ往来へまきちらせ。
一同ハツ
  皆蒔く
中斎貧しき者は取りに来よ、苦しむ者程多く取れ。今まで持ちしは不義の徒ぢや。今こそ救へ世の宝、猶予せば火をかけるぞ。
  誰も来らず
エイ、何を恐れる早く来よ、恐るゝ所少しも無し、咎むる者は討取らん。元を正せば貧者の血汐、盗むに非ず戻すのぢや。
  誰も来らず
エイ云甲斐なき者共かな、取れと云へばなぜ取らぬ。我声が聞えぬか、我志が分らぬか。灰とならばこればかりか、我志も無となるわい。
  自ら箱を砕く、金銀財宝まきちらす、遂に誰も来らず。
  大和守討手をつれて出づ。
中斎ヤア大和守参つたな。
大和謀叛人はいづくにある。
中斎謀叛人とは何事ぢや。汝等こそ正義の叛人、今こそ天罰加へるのぢや。
大和それ者共。
討手ハア。
  戦ふ。


高安月郊「大塩平八郎」目次その1(登場人物)/その13その15

大塩の乱関係論文集目次

玄関へ