Я[大塩の乱 資料館]Я
2000.7.6訂正
2000.5.16

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大塩の乱関係論文集目次

高安月郊「大塩平八郎」目次


「大 塩 平 八 郎」その16

高安 月郊(1868-1944)

金港堂書籍 1902 より



◇禁転載◇

第六段 其一 北新地 茶屋

***
新築したる坐敷、欄(てすり)の向に焼跡見ゆ、上手床より、御幣を立て、三宝に餅を供ふ。金之助床の前に坐し、芸子、舞子、仲居、鸚鵡、阿蘭陀侍す。酒宴、歌舞。
鸚鵡東西々々、余り乱騒ぎも智恵がござりませぬ故、一つ狂歌をお聞き下されませ。
    平八の頭を取れば皆人の、気も安うなる米といふ文字。
とはどうでござります。
阿蘭いやそりやいかん。安くなる所かまた上つて、諸式まで五割一倍、貧乏人は猶困る。困らぬのは若旦那、私がお耳に達しまするは、
    大塩のどつと出てはそつと引く、また寄するはと門辺騒動。
金之エイまた寄せられてたまるものか。
芸一此上焼けたら大阪一面、野原になつてしまひます。
芸二此間でも天満から船場上町、百十二町焼払ひ、家数三千六百軒。
舞一寺が十四ケ所に社が三ケ所。
舞二お邸から牢屋から、橋まで落ちて焼跡は、広い所で八百間、
仲居千間とはこわい事。
鸚鵡しかしお宅は直御普請、定めて以前に幾層倍、お立派に出来ませう。
金之出来るとも出来るとも 焼けたを幸 裏へ広げ、三階を立てゝ大阪中、一目に見下すつもりぢやて、それから庭は金閣寺の、鏡湖池に銀河泉、夕佳亭まで写し取り、大書院は五間床、真綿入りの畳を敷き、廊下は総て鶯張り。
芸子まあ結構な事でござんすなあ。
金之いやまだ足らぬ所がある、私の代になつたら、京大阪の美人を撰り、人間の花壇作らうもの。それまでは茲を遊場、大分前より綺麗になつたな。
阿蘭かういふ商売する内は、時々焼ける方がよろしうござります。
仲居エイさう焼けてたまるものかいな。
金之いや焼けたらどんどん建てるが好い、目先が変つてよいなぐさみ。
舞子それでは旦那にお願ひ申し、茲の畳へ天鵞絨の縁がつけたうござんすなあ。
阿蘭いや天鵞絨より木綿でも、我等の内の勧進帳、帯の中より取り出だし、高らかにこそ読み上げゝれ。    (帳面を出して開く)
    それつらつらおもんみれば、旦那様方のこがねの光は、火事の煙の外に隠れ、栄耀栄華の長き夢、驚かすべき芸もなし。茲に与力の隠居おはします。其名を大塩平八郎と名づけたり。最愛の書物に別れ、心狂ふて市中を焼く。我々口の干上らん事を悲み、阿蘭陀坊帳面、旦那方を勧進す。一両十両奉加の方々は座敷にては無比の快楽(けらく)、それで足らずば美人天人蓮華の中まで詮索せん。奇妙頂礼敬つて白(まう)す。
鸚鵡いや染みたれた弁慶ぢやな、しかし此富樫をさし置て、頼朝公へ直訴訟、ならぬならぬ。
阿蘭いやまた情知らぬ関守め、こりや義経より富樫之助己を打つてくれやうか。
  三味線振上げる
鸚鵡ちよこざいな打つて見い、義経の様に打たれて居ぬぞ。
阿蘭何を。
  打てかゝる、真に争ふ。
金之ハゝゝゝ待て待て、こりや頼朝が仲裁ぢや。それ十両二人して分けるが好い。
二人これは難有う存じます。
鸚鵡お礼には富樫と弁慶。
阿蘭二人がゝりで延年の――
金之いや舞よりは美人天人、蓮華の中をさがしてくれ。
阿蘭オツト合点、丁度此度天降つた、天人がござります、どれ呼でまゐりませう。
  入る
金之早速に間に合ふとは、天人も自由ぢやなあ。
鸚鵡それは羽衣に飛火をして、焼けた故でござります。これでは帰る気づかひなし。いつまでもおなぐさみ。
金之しかしどんな姿やら、天人の舞楽より、人間には人間の、踊の方が見たいものぢやて。
  阿蘭陀、おみね芸子の姿にて出づ。
阿蘭さあさあこれは風早の三保の浦回(うらわ)をこぐ舟の――
みね(金之助を見て)ヤあなたは。
金之オゝ思ひがけない其姿は。
阿蘭ヤこりやお馴染でござりますか。
鸚鵡いつの間に御昇天、油断のならぬ若旦那。
金之いや夢に見た天人に、茲で逢ふとはもつけの幸、こりや何より出かした出かした。
阿蘭それではも一度勧進帳。
金之エイまた読まれて溜まるものか。それよりは仏か静ぢや、先づ一つ舞ふて見せい。
阿蘭それおみねさん、お手並が
其外      見たいな見たいな
みねあの私は――
鸚鵡いや忠信が附て居る、衆徒ではない、若旦那、装束は其侭で、芳野山芳野山。
       歌

    芳野山峰の白雪踏み分けて、入りにし人の跡埋む、花は春にも似たれども、袖に積りて肌寒き、風に氷るは誰露ぞ、我は泣かねど人や見ん、涙を隠す法楽の、舞ふ間に落ち延び給はんと、思へばこれも防ぎ矢か、名さへ勝手の神ならば、守らせ給へ君が為、浪路凌ぎて山路まで、添ふも離るも恋ぞとは、我身ひとつの思かや。君の夢にも入るならば、守りきびしき関越えて、東のはても追ひ行かん、心はあなた身は茲に、舞ふか走るかうつゝなき、みだれも振と見えにけり。

  みね舞ふ。
一同ようよう。
金之いや義経の果報者、私も頼朝を止めにして、義経に役替へぢや。
阿蘭それでは茲を堀川御所、前へ戻つて静御前、さあさあお側へ、行たり行たり。
みね私は茲が勝手でござんす。
金之エイぢらさずとこれおみね、まあ一つ飲み給へ。
みね酒は滴もいやぢやわいな。
鸚鵡これはこれはどうしたもの、一寸でもお受けなされませ。
みね何やら気分が悪い故――
金之其悪いのは誰故ぢや、浮かぬ顔は判官殿、矢つ張外にあるのぢやな。
みねエ?
金之ちと笑ふても好いではないか。
みねこりア私の性分故、どうも仕様がござんせぬ。
金之いや性分ではよもあるまい。大塩に居る中は、大分陽気であつたとやら。
みねエイ。
金之せめて一ついでくれ。
  盃を出す
みねハーイ。
  渋々酌する
金之(飲で)いや此味は格別ぢや、始めて甘い酒を飲だ。
阿蘭これはおめづらしい、若旦那が甘いとおつしやつたのは、遂に聞た事がござりませぬ。
鸚鵡唐の鰻か阿蘭陀の、鯛を上げてもお気に召さんと、思ふて居たら只の酒が、
金之甘いのも恋の味、是非共一つ受けてくれ。
  盃をさす
みねいえどうあつても私は――
阿蘭まあさ真似でもお受けなされ。
みね真似でもいやでござんすわいなあ。
金之何と。
鸚鵡いやまだ里にお馴れなされませぬ故、あお気長う若旦那。
金之いや里馴れぬこそ幸ぢや。今の中に受け出さう。
みねエイ。
金之 亭主 呼べ呼べ。
みねまあまあ待つて下さんせ。私もよう思案の上、父様とも相談して――
金之思案も何も入るものか、以前と違ひもう売物、金さへ出しや云分無い。それ早う亭主々々。
阿蘭これは御性急でござりますな。
鸚鵡いや靡かぬ柳は茂らぬ中、根から抜くが第一ぢや。どれ呼でまゐりませう。
  みね立上る
金之こりやどこへ。
みねどうも胸が痛い故。
金之胸ではあるまい、虫か男か。
みね虫も泣かずに居られぬわいな。
  入る
金之エイ気色の悪い、騒げ騒げ
阿蘭ヘイヘイ皆さん。
  歌ふ

    降れよ春雨焼野のきゞす、恋にこがれて居るわいな。
  総踊


高安月郊「大塩平八郎」目次その1(登場人物)/その15その17

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