高安 月郊(1868-1944) 金港堂書籍 1902 より
*** | 正面板壁、上手障子にて仕切り、下手に入口あり、外に辻行燈あり。内山彦次郎上手に坐し、同心八人、四ケ者二人、町年寄下手に控ゆ。 |
彦次 | どうぢや、まだ手がゝりは無いかな。 |
四一 | 東堀から舟に乗り、天満橋の下に一日隠れ、また四つ橋から上りまして、大和街道を亀が背峠、越えたまでは知れましたが、 |
四二 | 山番を一太刀あびせ、それから先は行方知れず。何しろ此筋の者でござります故、中々むつかしうござります。 |
四一 | しかし以前私等をひどい目に逢はしました、意趣返しにと申合せ、骨を折つて居りまする。 |
四二 | 何でも跡へ引返し、此大阪の市中に、隠れ、笑ふて居るのでござりませう。 |
彦次 | 拙者も若しやと思ふた故、今美好屋を呼びにやつた。 |
年寄 | もう参るでござりませう。 |
五人組先に立ち五郎兵衛出づ。 | |
五人 | 召連れましてござります。 |
彦次 | 美好屋五郎兵衛とは其方か。 |
五郎 | ヘイ左様でござります。 |
彦次 | 其方大塩平八郎へはいつ頃から出入致す。 |
五郎 | ヘイヘイ、イヤ何も隠す事はござりませぬ、大塩様へはつい近年お出入を致します。 |
彦次 | していかなる所から出入する事になつたな。 |
五郎 | それは娘を御奉公に上げました所から、折ふしお出入致します。 |
彦次 | それでは今度の企を急度聞たであらうな。 |
五郎 | いやそれは少しも存じませぬ。 |
一同 | こりや隠すと為にならぬぞ。 |
五郎 | 何のお隠し申しませう。また私の様な物も知らず、力もない者に打明けて、話のある筈がござりませうか。 |
彦次 | 然らばそれは知らぬにして、今親子を其方の内にかくまひ居らうがな。 |
五郎 | 何、かくまふ、めつさうなお尋ね者、夢にも覚えはござりませぬ。 |
年寄 | これ五郎兵衛殿、覚えがあるなら仕方がない、有躰に云はつしやれ。 |
組一 | 隠しても知れた日には、 |
組二 | こなたは獄門、 |
組三 | お内儀は遠島、 |
組四 | 私等までお咎うける、 |
組五 | こんな迷惑な事はない。 |
同一 | 殊に私等が睨んだら、蛇に巻かれた小鳥同様、 |
同二 | 飛ぶにも羽は動かぬぞ。 |
彦次 | きりきり白状してしまへ。 |
次郎七出づ、門外より立聞する。 | |
五郎 | ハゝゝゝ イヤ私こそ迷惑千万、いかに出入すればとて、私風情を頼みに来る大塩でもござりますまい。又火元の此大阪、厳しい中へ帰つて来る、そんな者もござりませぬ。これは東か西国か、唐天竺でござりませう、そこらをお探しなされませ。 |
彦次 | こいつ中々しぶとい奴、拷問する覚悟せい。 |
五郎 | 拷問なと獄門なと、御勝手になされませ。一旦死た此躰、地獄と思や何ともござらぬ。 |
彦次 | エイ其口を―― |
立上る | |
年寄 | まあお待ちなされませ。何につけ片意地者、一応ではまゐりますまい。これは私共にお預け下され、また家内をお調べがよさゝうにござります。 |
彦次 | 然らばけふは下げてやらう。急度町内へ預けたぞ。 |
五人 | ヘイヘイ 確におあづかり申しましてござります。 |
彦次 | (四ケ者に)其方共も今一度此あたりを探して見い。 |
四一 | かしこまりましてござります。 |
四二 | 隅から隅まで嗅ぎまはり、急度だす故あわてるな。 |
五郎 | それは御苦労でござります。 |
年寄 | これ入らぬ事は云はぬものぢや。 |
次郎七うなづき急いで入る。 | |