Я[大塩の乱 資料館]Я
2000.4.9訂正
2000.4.4

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大塩の乱関係論文集目次

高安月郊「大塩平八郎」目次


「大 塩 平 八 郎」その4

高安 月郊(1868-1944)

金港堂書籍 1902 より



◇禁転載◇

第二段 其一 門辺邸 玄関

***
正面左右襖立切り、前一段低く式台あり、其下庭下手に門あり。外は塀、仲間二人庭を掃除す。
一 何と厭な世の中になつたぢやないか。
二 さればぢやわい。地震大風長雨に、時疫とはよう揃ふた。
一 いかに不作といひながら、一両に三斗とは生れてから今が始。
二 これでは飢饉も其筈ぢや。
一 此間東海道を通つて来た人の話に、道々死人が五六人、死にかゝつて居るのは何人と、数へる事も出来なんだと。
二 おれも見た谷町で、現在溝へこけこんだ。
一 ひもじいと云ふ声をけさも聞たが情無い。
二 祭所(まつりどころ)ぢやあるまいに、けふ練物を持つて来るとは。
一 それは殿様の思召し、今歳止めたら来年から、重ねてならぬとおつしやる故ぢや。何しろ我等に損はなし、見る丈徳ぢやあるまいか。
二 それもさうぢや泣言より、まんざら悪うもないものぢや。
  囃子の音
一 あれあれ向へやつて来た。
二 それではお知らせしやうかい。
  二人入る。

大塩格之助。続て大米屋金之助出づ。顔を身合はす。格之助わざと後になる。金之助門に入る。

金之 お願ひ申します。
  玄六出づ。
玄六 オ 大米屋さん。
金之 一寸お目通りを願ひます。
玄六 かしこまりました。
  入ろうとする
格之 (門に入り)アイヤ暫く、拙者もお目にかゝりたうござる。
玄六 ヤこれは――イヤ御他行でござります。
格之 今此仁にお取次なさる所ぢやござらぬか。
玄六 ヤそれは。
格之 私ならぬ天下の大事、是非々々お目にかゝらにやならぬ。
玄六 ハ――イ。
  入る
  又囃子の音
二人 あの音は?
練物出づ。幇間鸚鵡、阿蘭陀先に立ち、芸子四人花やかなる衣裳をつけ、仲居団扇を持つて附添ひ、其跡より屋台を引き、中に囃子方揃ひの衣裳、花笠をかぶり、太鼓三味線笛などはやしながら来る
鸚鵡(門に入り)ヘイヘイ例年の通り、練物でござります。
  玄六出づ
玄六 唯今御出坐なさるゝぞ。
一同 ヘーイ。
阿蘭 (金之助を見て)オ若旦那ではござりませぬか。
金之 オ 阿蘭陀、其外皆知つた顔、妙な所で
一同 お目にかゝります。
金之 イヤこれは好い所ぢや。茶屋の前で見るのと違ひ、お奉行様のお玄関先、其積りでやるであらう。
芸子 もう気が張つてなりませぬ。
金之 図らず私もお相伴、好い話の種ぢやわい。
  門辺大和守 家来従へ出づ。
玄六 それ謹で相勤めい。
鸚鵡 ヘイヘイかしこまりましてござります。さあさあ始めた。
阿蘭 始めた始めた
         歌
    めでたやなめでたやな君が代は、馬場の松の音立てず、大川の水に波もなく、入り舟出舟エイさつさ、魚市米市青物市、山に林に咲くや此花よしやよし、こがねの花は風にも散らず、いつも春なる浪花津は、飲めや歌へや舞へや踊れや道頓堀の、底抜けて、新町橋の折れるまで、やあとこせい。
    お蔭まゐりは茲へもござれ。天神様に生玉や、坐摩や御霊(ごりやう)の神々の、神輿かたげてよいよいよい汗になるとも、よいとやあ。
    君のお蔭は何より先に、お礼まゐりに波もさそふて芦辺の風もざヾんざ、扇の風もざヾんざ、国もゆたかに民もさかえて、御代のさかりはまん中々、よいよいよい、よいよいやさあ。
  芸子四人踊る
幇間 ヘイお目出とう。
大和 大義。
  奥へ入る
金之 お蔭で私も好いなぐさみ。そんなら裏から、イヤ出直すと致しませう。
玄六 さうさうそれが好うござる。
鸚鵡 私共も下らしていたヾきます。
玄六 御苦労御苦労
阿蘭 (金之助に)さあ先づお出でなされませい。
金之 いや練物の先へ行けるものかい。
一同 ワハゝゝゝゝゝゝ
金之助帰る振して門を出で裏へまはる。練物は向へ入る、玄六も内へ入ろうとする。
格之 アイヤ暫く、お取次き下されい。
玄六 まだお帰りなされぬか。
格之 是非共御面会致したうござる。
玄六 イヤ殿様には御用繁多。
格之 練物を見るお隙がござれば、天下の大事お聞きある隙のない理はござるまい。
玄六 それも御用の一つでござる。
格之 然らば拙者の申す事――
玄六 それは畢竟私用でござるわ。
格之 天下の大事と申するに。
玄六 大事なら書面にて――
格之 書面は度々差出し申した。然るに何の御答無き故、けふは直々御面談。
玄六 それなればお待ちなされ。其内お返事あるでござらう。
格之 イヤ待つて居られぬ日毎の餓死。
玄六 拙者も甚多用でござるわ。
  入る
格之 (跡を睨みて)不礼極まるあしらひぢやなあ。


高安月郊「大塩平八郎」目次その1(登場人物)/その3その5

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