Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.8.18

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「大塩の乱関係論文集」目次


医学上より観たる大塩中斎

その5

田中香涯

『現代社会の種々相』日本精神医学会 1924 所収

◇禁転載◇

医学上より観たる大塩中斎(5)管理人註
   

 尚ほここに附加すべきことは、彼の暴挙の原因の中には、その上長た る跡部山城守に対する一大不平も含まれてゐたことである。彼の与力辞 職後に来任した町奉行は硬直なる矢部駿河守であつて、この人より多大 の恩遇を蒙り、事大小となく諮詢を受けたから、生来傲慢なる彼もその 恩義と信任とに感激して、敢て鋒鋩を露はさなかつたのであるが、しか るに矢部駿河守が大阪を去つて、その後に跡部山城守が来てから、彼に 対しる待遇全く一変し、区々たる一与力何かあらんやといふが如き調子 で、碌に相手にもしなかつたので、一代の大学者として自負すること甚 だ高き彼は無念不平喩へんに方なく、更に跡部の施政その宜しきを得ざ るに憤慨し、私憤と公憤とが一時にゴツチヤになつて、姦商と同時に跡 部をも倒すべく暴動を企てたことは、その前後の事実に徴しても明かな る所である。  以上叙述した所に徴して、医学上より大塩中斎の人物を観たならば、 精神病性体質 Psychopathische Konstitwtion であつて、所謂変質性精 神病性格の人物であつたことは殆ど疑がない。抑々這般の人間に於て屡々 認められる所の精神的障碍は、精神界に於ける発育が甚だ偏頗で、例へ ば文学、語学、芸術等には特殊の才能を持つてゐても、数学科学等の能 力に乏しく、且つ自我意識甚だしく亢進して、倨傲不遜を極め、自ら大 人物、大事業家なるが如くに信じて、他人を蔑視し、感情は著しく変動 し易く、些少の刺戟に逢つても激怒し、往々衝動的に残酷なる行為を演 ずる。学問に通じ道徳を解しながら、しかも礼節の念を欠いて屡々乱暴 なことをやる。その上に甚だ利己主義であつて、自己の慾望を充実満足 するに齷齪し、時としては慈善家らしき行動をなして他人のために大い に尽す所あるが如くに見えても、その実は世間に対する体裁を飾り、或 は何かためになす所あらんがため心にもないことを行ふのである。そし てまた自身の悪い所は全く棚に上げて他人の欠点を摘発し、道徳に背い て居るの、天理に反して居るのと、厳重に咎責する。此の如き有様であ るから、その日常の生活には統一及び調節がなく、自然にその行為にも 円滑を欠いて周囲の人々に非常な迷惑を及ぼすことがある。










鋒鋩
(ほうぼう)
戦いで敵を
攻撃する方向













Psychopathische
Konstitution
が正しい
ドイツ語

這般
(しゃはん)
今般

偏頗
(へんぱ)
かたよって
不公平なこと

倨傲
(きょごう)
高ぶること






齷齪
(あくせく)





咎責
(きゅうせき)
他人の至らな
いところを責
めとがめる


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