Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.5.22

玄関へ

「大塩の乱関係論文集」目次


なにはいぶん  しほの なごり
「浪華異聞 大潮余談」
 その11
宇田川文海 (1848−1930)

『絵入人情 美也子新誌 第5号』所収 駸々堂 1882.6

◇禁転載◇

 第5回 (1)管理人註
  

かへつて                  かほもかたちもやせおとろへ 却説く、菊枝は数日の牢居と数度の栲問に、顔色憔悴形容枯稿、ありし昔の姿は      こぎわ はちをば              たましひ  すこやか 無て、池の砌の荷葉の、雨に破れし風情なれど、尚精神は壮健にて、己が名に喚         ほこ            しか/\            うな   かしら しづか ぶ菊の枝の、霜も傲れる気色あり、今山城守が云々の尋問を聞て、垂れし頭を徐   もた                   もろこし に打擡げ、コハ山城殿の仰せとも心得侍らず、彼唐土の聖人も知らざるをば、知 らすとせよ、と誠められしとか承はり侍るものを、良人利三郎が大望を企てし次      ゆくへ  ふたつ 第も、亦其踪跡も両ながら全く知らざればこそ、知らずと申す、只今己を欺き、 かみ                      みたり  こども 上を欺くぞと仰せられしが、妾に於ては其身の命と三人の小児を助けたさに、心                           え な にもなき事を偽り陳じて、却て上を欺き、己を欺く事は得做し申さず、世の為民           おかみ の為とは申しながら、政府を恐れざる暴挙を企てし大罪人の妻子なれば、一命を                 かのこと       そのひ             わがつま 召さるゝは、予ての覚悟にて、已に彼挙のありし当日に、大塩殿始め吾夫にも、 たゝかひ     ゆくへ         ひとつて 戦破れて踪跡知れずと、人伝に聞しかば、大塩殿御父子は更なり、利三郎にも、 ひごろ 頃来剛毅の気性なれば、此る場合に臨みて、一命を惜み賜ふ如き卑劣の振舞は、                          ながら 決してある可らず、さすれば其妻子たる者も、をめ/\長経ふる場合に非ずと、 みたり  こども                              やくにん 三人の小児にも因果を含め、已に刺殺して自害せんと迄せし其折ネ、捕手の吏員   さまた               ながらへ 衆に妨碍げられ、心にもあらで、今日迄長短居る事なれば、仮令小児等を如何な   か ろ き ぜ め る苛刻之呵責に逢はせ賜ひ、よしや命を召さるゝとも、固より覚悟の事なれは、   のこ  おし 少も遺り憾くは思ひ侍らず、此迄申し侍りても、尚お疑の晴やらずバ、如何様と                     いひわけ も御心に任せられ候へ、と飽迄上を恐れざる弁解に、後に扣へし忠助おかねは、 今日も亦如何なる栲問にや逢賜ふ、又三人の和子達も、辛きめをや見賜ふらん、 と安き心もあらかねの、土に斉しき面色なし、手に汗握て居たりける、 山城守には此答を聞て、何歟思案の様子なりしが、やがて何思ひけん、聊か思ふ                                  をへ 仔細もあれは、近日又尋問に及ぶ可れ、先今日は下れかし、と其日の庁は終にけ り、 はなしふたつにわかる 説話分岐、偖も西村利三郎は、去る二月十八日、大塩の暴挙に加担して、一隊の      ひごろ 将と成り、平生の武勇を顕して、縦横無尽に働きしが、寡ハ元より以て衆に敵す 可らず、終に跡部遠藤二手の勢に打破られ、大将大塩父子の行方をさへ見失ひて、 今ハ如何ともする事なき場合に立至りしかバ、三四名の味方と共に、辛くも一方                          さかや の血路を切開きて、八軒屋迄落延び、予て吾家へ出入の酒商にて、然も平日深く            それかた                      くみ 恩徳を施し置きたる堺屋某方に立寄りて、有合ふ酒樽の呑口より一升桝に酒を吸               よ り  のんと かはき うるほ て、手に手に之を傾け、今朝以来の喉の渇を湿しつゝ、互に此後の方向を打語ら                                   あきうと い、利三郎は少し思ふ旨もあれバ、是より江戸表へ下るなりとて、其処にて商人      やつ      あるじ           ことつて    こま/\ の風に姿を化し堺屋の主に留主宅への伝語など細々と頼み置き、三四名の味方に             おもと かく 引別、底の心は白菅の笠に面を蔵しつゝ、東を指してぞ立去りける、  【出陣の図 略】

   


「浪華異聞 大潮余談」目次/その10/その12

「大塩の乱関係論文集」目次

玄関へ