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はなにたいし よはざれば はなまさにわらふべし ひとたひかんぐわをとゞめて
対 花 不 酔 花 応 笑、一 止 干 戈 二 百 年、と南畝詩仏の両翁が連句
げ み よ のとけ かみ もゝしき しも くさのと
して謳歌しけん、実に太平の聖代の春の長閑さ、上ハ百敷の大宮人より下ハ草門
わらや しつ いつく
茅屋のいやしき賤に至る迄、今日も明日もと、桜狩酒と花とに遊ぶなる、何処ハ
あつま みやま すふじよ
あれど鳥が啼く、東の比叡の御山こそ、此世からなる仙境浄土、蒭蕘の者も行き、
ち と れいいう
雉兎の者も行く、彼の文王の霊囿も、此処にハ如何で及ぶべき、えいとう/\東
なにが むかし
叡山の花見かな、と某しの詠ひ出たる其往昔にも、弥増して賑ひ、謂んかたもな
し、
とふ こ ぞ かへう
頃しも天保八年の弥生十あまり五日の日、今年ハ去年よりの饑饉にて、野に餓
みやこのひと よそ なが
さへあるなれど、都人士ハ夫をしも、他に与めて白雲か、雪と見紛ふ此山の、桜
もと
が下に打集ひ、濡るとも花の、と朗詠して、風流を楽しむひともあれば、酒なく
て何の己がわれものゝ、茶碗にあらで井戸端の、桜あぶなし酔漢の、殺風景なる
者もありて、千差万別、種々無量、恒河沙数の花見る人も、入相の鐘の一声に、
おのがさま/\にしひがし
散行く花と諸共に、各自東西南北、家路を指して帰行く、迹に残りし者とてハ、
むなし とざ また
花の稍に掛りたる、只一輪の明月のみ、六々の僧房ハ空く鎖して、復一僧の月下
あたらや めと
の門を敲くさへなし、一刻千金の可惜夜を、誰とて愛るものもなき其折から、時
そゝ わかれ いた
を感じてハ花にも涙を酒ぎ、別を傷んでハは鳥にも心を驚す、と低声に吟じつゝ、
かたはら しづ/\ ものゝふ さ ま
東照公の御廟の傍より、徐々と露れ出たる一人の武夫あり、其形容如何にとなれ
いか よこた
ば、黒木綿紋附の衣裳に白の小倉の袴を着け、朱鞘の両刀を厳めしげに横へて、
おもて あたり やが ぬきすて かたへ おほ
深編笠に面を包みたるが、四辺の様子を伺ひて、頓て編笠を脱却つ、傍の桜の大
き し占?
木の下に、むんづとこそハ坐を召めたり、
【風流を楽しむ人々の図 略】
そも此武士ハ、如何なる者ぞ、次号を待て其誰なるを知賜へ、
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南畝詩仏
大田南畝と
大窪詩仏
蒭蕘
(すうじょう)
草刈りと木こり、
いやしい人
可惜夜
明けてしまうの
が惜しい夜
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