そのとき
当下彼武士は爛漫たる花と玲瓏たる月とを仰視て、数回嘆息し、吾此大日本も此
花の盛に此月の隈なきが如く、芳しく明けけく、完全無欠の良邦なれど、花に嵐
さわり
月に叢雲の障碍あるが如く、今や二百余年、大平の治に馴て、東照神君が天下か、
将に乱んとすと思へと仰せられし遺訓をも、何時しか忘却なし、満廷の官吏一人
も国家の安危を顧みる者なく、只愛憎に依て道を曲げ、賄賂に随ふて事を行ふの
くらは
み、狡才猾智に長じたる商估共、其官吏の不明多欲を奇貨として、之に啗すに利
を以てし、姿に不義の利徳を占め、互に相扶て驕奢を事とし、淫逸を専にす、
近来米穀不隠、小民之が為に饑餓に迫り、父ハ子を失ひ、妻ハ夫に離れ、所謂流
離の悲み、塗炭の苦みに陥れども、更に之を憐むの念なきのみならず、官吏ハ益
々之に苛税を課し、商估ハ不足の米穀を占買して、弥隴断の利を私せんとす、之
を比ふれハ、花月に斉しき吾国に、嵐に類する汚吏と、浮雲に同じき奸商の蔓延
て、其隈なきを掩ひ、其盛を損むるに異ならず、
大塩氏之を見て憾慨の心止事能ハず、義に因て兵を起し、彼湯武の顰に傚ひ、上
ハ汚吏の嵐を芟り、下ハ奸商の浮雲を掃ハんとす、予も亦之と見る所を同うする
を以て、奮て其義に組し、去二月十九日を以て事を挙げしに、未だ天定るの時に
逢ハざるか、汚吏の為に敗を取て、終に志を遂げざるのみか、大塩氏を始め同士
の人々七離八分、何れも其死生存亡を詳にせず、
予や此般の義挙を奸商汚吏の為に、私利を営む朝敵謀反の徒の如く言做されん事
を遺恨に思ひ、惜からぬ命を長経て、遥々当地に下り、老中若年寄の中に就て、
直に赤心を上申し、吾徒の微意を貫徹せんと、百方其道を求むれど、彼浮雲と嵐
に妨害されて、遂に花月の真面目を見る能ハず、此上は一死を以て皇天と向土と
に衷情を示さんより外ハなし、と覚悟を定て此処に来りぬ、
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