Я[大塩の乱 資料館]Я
2019.2.7

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なにはいぶん  しほの なごり
「浪華異聞 大潮余談」
 その17
宇田川文海 (1848−1930)

『絵入人情 美也子新誌 第7号』所収 駸々堂 1882

◇禁転載◇

 第7回(2)管理人註
  

花紅葉此なるものか、冬木立積る落葉に踏通ふ、路もなきまで荒果し、宿の主ハ 女にて、然も憔悴し、病人の火燵櫓に身を凭せ、息たゆげなる背後より、背に負 ふたる乳児の啼くを頻に揺揚げつゝ、背撫摩て慰る女「奥様、今日は如何で御座 り升、少しは御気分がお宜い方で御座り升か、と謂へバ、主はホツと一息「如何 も同じやうで誠に困つたもの、幼児の保護計でさへも大体な事でハないのに、二 人の頑童の世話介抱、其上に又妾の病気の看病迄と、昨日今日ハ夜の目も寝らぬ 阿嬢の辛労、夫も世間普通に給金や小遣の心附迄出来る主人でもある事か、阿嬢 が妾の内へ来てよりまだ丸二年も立つか立たぬに、大塩殿の騒擾が起り、其連累 で可愛想に何の事情をも知ら玉の清き其身を牢舎の辛苦、夫にも懲りず、見捨ず して、其後ともに真実/\しく、見る影さへも情なや、お上の罪人、親類の厄介 ものなる妾等親子を、矢張主人よ奥様よと大事に懸て下さるゝ、其志の優さ嬉さ、 死でも決して忘れませぬ、トハいへ女子といふものハ盛のみじかいものだのに、 お前も今年は最廿四、先の目的もない妾に何日迄此して附て居たとて、何楽もな き事故、若良縁談でもあるならバ、決して遠慮ハ入らぬ程に、何時でも暇を取る が好いぞや、ト謂ふ其言を聞よりも、おかねは涙を潜然と落し「アノ奥様の今の お言、誠に難有うは御座り升が、難有過ておうらめしい、ソモ御奉公に上りし其 日より、三世の因縁とでも申し升のか、情願此お家に末長くお勤め申し度いもの と思染めしが、其後一日二日と月日を送るに従て、旦那様のお仁愛深き貴嬢のお 優さ、又和子様にも乳母よ/\とお馴染遊さるゝお愛さ、夫につけ又是につけ、 弥御恩に纏されて一生御奉公のお願をも申上げやうと思ふて居たる其折ネ、思ひ も寄らざるお家の大変、其後ハ見る影もなき貧苦のお住居、三人の和子様をお抱 へ遊バされて、御親類中の御厄介、其御心中の御苦労を想像るさへもお傷ハしく、 比いふ時こそ平生の御恩返しと心を定て、強てお傍に附添ふ妾、其心根をバ貴嬢 様にも能酌量て此月頃、妾も其方を妹と思へバ、其方も妾を姉と思やと物態ない 程恭ない、仰せに嬉く、只今では失礼ながら主従の二字さへ忘れて、且暮にお仕 申して居るものを、今更給金小遣をやられぬ故に気の毒ぢやの、縁があつたら嫁 に行けのと、他人向なるお言ハ、何歟此身に不束ありて愛想をおつかし遊バされ、 事に託附けお暇をお出しなさるゝ思召しか、若夫ならバお情けない、何故是此が 不都合ぢやといふて懲て下さりませぬ、


   


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