Я[大塩の乱 資料館]Я
2019.3.17

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「大塩の乱関係論文集」目次


なにはいぶん  しほの なごり
「浪華異聞 大潮余談」
 その30
宇田川文海 (1848−1930)

『絵入人情 美也子新誌 第12号』所収 駸々堂 1882

◇禁転載◇

 第12回(1)管理人註
  

始めあるもの有り、終りあるもの鮮し、と宜なるかな、此言や、却説く大安の養 子安兵衛ハ、養母の生存中ハ、身の行を謹みて、家業にも精を出して居りしが、 養母の病死後ハ、平素の実貞に反対て、此処の芸妓に手を出し、彼処の娼妓に身 を入る抔、あらゆる不品行を仕散らせし其上に、果ハ吾家の抱へなる小浪といふ 芸妓と怪き中となり、他家の芸娼妓なれば兎も角も、吾家の抱へに此る事ありて ハ、家事の不取締なれバと、女房おなる、乳母おかねが折々つくす親切の、意見 も諫言も上の空、今日ハ何処の青楼、明日は彼処の料理商と、人目を忍びて相引 なせしが、茲に此小浪に一人の客人あり、 夫ハ南堀江辺にて有名なる豪商、通名を布長といふ家の主某なり、小浪と安兵衛 と此る訳ありとハ、少しも知らず、深く小浪の色香に迷ひて、矢張野におけの訓 誡さへも打忘れ、多くの黄金を放擲ちて、小浪の身を償ふ相談のありけるが、安 兵衛ハ己が秘蔵の花の枝を、人に折らるゝ事なれバ、極めて遺憾く思ふ筈なるに、 さハなくして痛く喜び、是こそ福徳の三年目なり、と密に小浪と示合せ、旦那、 小浪ハ芸妓にハ珍しい実貞者故、何日までもアヽして褄を持たせておくのハ、誠 に可愛想なもの、情願旦那にお願ひ申して、気儘にさせてやり度ものと、常々思 ふて居た処ですが、旦那も左様いふ思召があるならば、実に願ふたり協ふたり、 彼もサゾ喜びましやう、是迄お世話に成た御恩もあり升から、万事私が如才なく 御周旋を致します、と程よく侑めて、遂に立波に根引をさせ、彼子に限つて、決 して間違ハありますまいが、何かの弁利の為に、幸私の長屋の明てあるのが御座 りますから、十分に取繕ひなされて。ソコへ小波をお置きなさるが好御座りまし やう、と甘く持込んで、吾家の地尻なる横町の長屋へ小浪を入れさせ、何かの便 利の為と名を附て、吾家の裏手より通行の出来る様に道を附け、上辺は親切、内 証の色の仕掛の大機関、旦那の来ぬ夜を窺ふて、例も引込む留主代理、


   


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