Я[大塩の乱 資料館]Я
2019.3.20

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「大塩の乱関係論文集」目次


なにはいぶん  しほの なごり
「浪華異聞 大潮余談」
 その32
宇田川文海 (1848−1930)

『絵入人情 美也子新誌 第12号』所収 駸々堂 1882

◇禁転載◇

 第12回(3)管理人註
  

若もおなるさんが此儘目でも瞑らうものなら、夫こそ彼人の想計りでも好い事ハある まい、ホイ人の悪口ハ兎も角も、お前も未だならバ、おなるさんの見舞に行う、抔と 平素大安へ出入する芸娼妓ハ、安兵衛と小浪の不実をと憎むの余り、一入おなるを不 便に思ひて、菓子を持、木実を携へ、吾も/\と見舞に行くにぞ、 小浪ハ咫尺の間に住居して居ながら、葛城や高間の山の峰の雲他にのみ止むべきなら ねバ、一日見事る菓子折を携へて、おなるの病気を見舞しが、吾身と安兵衛と訳ある 故に、心を傷て此ハ病に罹しと思へバ、流石の妖猫も心の鬼が身を責て、頻に悸く胸 押鎮め、恐る/\も傍に依りて、 姉さん、灯台元暗しとやら、御近処に居ながら、ツヒ御無沙汰を致しました、此間か ら御病気と云ふ事ハ承ツて居りましたが、ホンノ当座のお風か、サモなけれバ例のお 癪かと思ふて居ましたら、さうでハなうて、何歟御念の入た御病気だとの事、如何で 御座り升、追々お宜い方でありますか、と謂と、おなるハ素知らぬ顔、何の答もあら ざれバ、斯てハ折角来し甲斐もなし、と尚も枕辺に摺寄て、 姉さん、小浪で御座り升、御加減ハ如何で御座り升、と二度三度、呼掛バ、おなるハ 漸々凹みたる眼を濶と見開きて、さも怨めし気に小浪の顔をヂツト眦みつゝ、ホツト 一息、 小浪さん、お前何の顔をさげて病気見舞においでだ、妾が此病気も、元ハと謂へバお 前の心一つから起つた事、お前のやうなお方に傍に居られると、妾ハ死ぬにも死ねな いから、少しも早く帰つておくれ、如此物ハ、見るのも汚穢ハしいから、如何ぞ持て 行てお呉なさい、と痩枯て、糸のやうに成た手を出し、枕上においてある菓子折を突 戻され、さらでだに恐怖心を抱し小浪なれバ、此有様に愈々肝を消、再び返す言もな くコソ/\吾家へ逃帰りぬ、












咫尺
(しせき)
距離が非常
に近いこと


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