此処で己が他家の娘を二度添に貰ふた日にハ、死だお父さんとお母さんの為に、両人
が二人共阿伽の他人、仮令幸次郎におかうといふ紀念子ハあるにもせよ、一旦ハ此大
安の大事な家督を、少しも血の懸らぬ者に渡して仕舞ふ道理爾なつた日にハ、草葉の
蔭に厶るお父さんやお母さんハ元よりのこと、姉のおなるも、嘸本意ない事な思ふで
あらうし、第一、手前も御両親と姉に対して不孝に当る訳、夫に又、幸次郎とおかう
の二人の者の者にも、阿伽の他人をお母さんと謂ハせるのも可愛想、又手前だつても
其通り、見ず知らずの人を姉さんと云ふのも、嘸忌だらう、
夫を思ひ、是を思へば、此処で手前がウンといつて、後妻になつて呉れるが、家の為
にも親の為にも、己の為にも、手前の為にも、二人の子供の為にも、三方四方の為に
都合の好い訳、此処の道理を聞分けて、今日といふ今日ハ、是非ウント云つて呉れ。
と流石黒人の如才なく、色気を離れてお為ごかし、おつな処から持掛られて、君子も
聊か返事に困り、煙管を杖に額を押へ、暫時答もなよ竹の、雪に圧さるゝ風情にて、
只溜息を兀々と心に思案を凝しける、
却説、君子ハ安兵衛に言を尽して口説れ、聊か返事に差支、煙管を杖に額を押へ、暫
時言もなき折ネ、合の襖を静に開き、安兵衛様、其お返辞ハ、君子様に成替て、妾か
ら致しましよう、と謂ひつゝ、出来る一人の女、是則ち別人ならず、乳母のおかねに
てありけれバ、君子ハ好処へといふ面色にて、ヲヤ、婆アヤア、大層お早かつたね、
と言を掛れど、安兵衛ハ不興気にて、おかねに向ひ、ナニ君子に代て返辞をするとい
ふからハ、先刻からの様子を立聴して居たの歟、
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