話頭暫く始に復る、
弘化三年五月、西村常太郎ハ、当年十五歳に成しかバ、大阪の町奉行に呼出され、父
利三郎が大塩の暴挙に加担せし罪を以て隠岐国へ遠流と事定り、本町橋東詰なる西町
奉行所の浜より、小舩に乗せられて、安治川に碇泊せる本舩へ送られしが、生憎風の
手悪くして、出帆すること能ハず、此処に二三日の滞留をこそ為しけれ、
偖も常太郎の母菊枝ハ、過日本町橋にて泣の涙の別をなせしが、常太郎が風の為に妨
げられて、未だ川口に碇泊せる由を聞て、切て今一度の名残をも惜まばやと、妹雪江
と弟健三郎の手を携へて、川口に至り、囚卒に就て少しく忘物の侍れハ、今一度の対
面を願ひ侍る、と頼みしに、早速聞届けられて、本舩に乗込しが、常太郎が角なる木
にて、堅固に画切たる一間の中に端坐せる、其憔悴しき姿を一目見るより、忽ち眼も
暗れ、心も闇みて、思はずワツと泣臥しぬ、
常太郎も、思ひがけなく来りし母の顔を見て、コハ/\如何にして来ませし、と計り
是も亦嬉し涙に咽ぶのみ、
互に暫時言もなかりしが、菊枝し漸々に思返して、常太郎に打向ひ、最早面会ハせぬ
積りにて侍りしが、師の光平(是ハ天誅組の一名にて、名高き国学者伴林六郎の事に
て、常太郎の読書の師なり)、大人の許より餞別にとて、一昨日の夜に至て、和歌一
首送り賜ひしを、今一日早かりせば、手渡して喜バせんものを、と最遺憾しく思ひ居
しに、まだ川口に風待して居ることを、今朝去人より告越されしまゝ、師の誠意の感
通せしにや、とそゞろ嬉しく、健三郎、雪江等が、今一度兄上の御顔の見度う侍る、
と止るも聞で跡遂ふも可憐しく、二人をも召具して、此ハ訪ひ侍りしなり、と謂ひつゝ、
袱紗包みの中より短冊一枚取出して、いざと計に渡す手と、受取る手とを握合ひ、思
ふ心を言バ口に云はて、別るゝ親と子が、人目に憚る胸の中、心の中の千万無量、他
の見る目も憐れなり、
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