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罪人とは云へ、共徳川家よりお預けの者故、等閑ならずして、一人に附き飯米白米五
升、屋敷代白米七升、都合一斗二升を藩より渡さるゝ規則なれバ、領主に於ても甚し
き苛刻なる扱ひハ為さぬ慣習なるが、殊に常太郎ハ未だ十五歳の美少年なるに、己が
犯せし罪にもあらで、此ハ配所の月を見る、憐れ果敢なき身の上なれバ、弥左衛門も
格別不便の者と思ひて、慰労に置しが、心なき村人も、常太郎が年も行で此る憂目を
見るを最愛がりて、物など携へて見舞に来るものもある、
其中に此村にて一二の豪家と聞ゆる岡部清助ハ、殊更に常太郎を寵愛なし、弥左衛門
に強て頼て、果ハ吾家の隠居所に引取て世話を成し、自己が暇あるに任せて、日々常
太郎を誘ひ、今日ハ何処、明日ハ彼処と、国中の名所古跡を残る隈なく縦覧させ、只
管其心を慰め居りしは、世にも珍なる慈善家と云ふべし、
爰に同国某村に、大満山大満寺とて観音薩陀を安置せる一刹あり、
海岸に高く聳えて美く、世塵を隔て、水ハ俗煩を洗ひ、那の大士の常住さるゝと伝聞
く、南海の普陀落迦、山も此やと思ふ計なる清浄無垢の霊境なるが、年々六月十八日
ハ、海中より龍灯出現して、此寺の本堂の前なる松の大樹に掛り、夜の明る迄消ざる
を以て例とする事なるが、本年も今日も其龍灯会の当日なり、
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苛刻
無慈悲でむごいこと、
酷である
龍灯
怪火、主に海中
より出現する、
日本各地に伝わる
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