国中の人ハ云ふも更なり、近国の人々まで吾を先と此山に歩を運び、其賑ひ云ん方な
し、
常太郎も例の清助に誘ハれて大満山に上り、終夜本堂に参籠して、龍灯を見、夜の明
方に多勢の群集と共に吾勝に山を下りしに、何時の間にやら清助に離れ、便宜も知ぬ
山中を、彼処那辺と彷徨しが、遂に山の後に迷入り、行けども/\人家なきにぞ、
殆ど倒惑の胸を痛め、とある木蔭に立、休息ぬ、
此る折柄、傍の谷間に鼾の声の 々と聞えければ、樵夫などの熟睡せるにや、若し夫
なれば、呼起して里へ出る道の程をも尋ねんものと、ソツと立寄て差覗きしに、コハ
如何に、四斗樽の回り程なる大蛇の幡屈て寝て居しかば、アナヤと計り打驚き、若目
覚て見附られなば、一命も覚束なし、と足をばかりに其場を迯延び、尚山深く分入し
が、昨夜一夜さ少しも睡らざるさへあるに、木の根岩角の嫌ひなく、数里の路を奔走
せしかば、今は心身共に労れて、頻に睡気を催ふすにぞ、
仮令猛獣毒蛇の餌食となるとも、此上ハ一歩も進み難しと、大胆にも覚悟を定め、傍
の岩に身を凭せて、暫時の間困臥みしと思へば、フト笛太鼓にて囃子立る里神楽の音
の、幽にこそハ聞えけれ、
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