Я[大塩の乱 資料館]Я
2019.5.10

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「大塩の乱関係論文集」目次


なにはいぶん  しほの なごり
「浪華異聞 大潮余談」
 その51
宇田川文海 (1848−1930)

18号』所収 駸々堂 1882◇禁転載◇

 第18回(1)管理人註
  

神楽の音に、常太郎ハ不図眼を覚し、此る物の音のするからハ、必ず近きに村あるべ し、便りて有木への道を尋ねんものと、独心に勇を為しつゝ、笛太鼓の声を便りに、 麓の方へと疾行る、 折ネ眼尖く鼻高く、童顔仙骨なる一人の老僧、行手の木の間露出で、常太郎に向て、 コヤ/\と声を掛け、足を疾めて進来るにぞ、 さてハ世の風説に伝聞くなる天狗とハ、此者ならん、よしや夫にもせよ、若も障碍を 為すならば、やはか平穏にしておく可きかと、刀の柄に手を掛けて、寄ば切らんと身 搆しハ、さすが西村利三郎の子程ありと、少年にハ最珍らしく、胆気勝れし振舞なり けり、 老僧ハ此体を見て、莞爾笑ひ、ヤヨ少年よ、吾等を変化の種類と思ふて、其用心ハさ る事ながら、我等ハ決して人に仇する者にあらず、御身が只一人道に踏迷て、此る山 中に時を移し、毒蛇悪獣の為に身を誤りて、事の最愛しさに、此ハ態々出来りしなり、 いざ給へ、村迄送りて参らせん、と謂ふ其様の如何にも慇懃に見ゆれバ、常太郎ハ漸 く心を安じ、夫ハ千万、辱けなし、此る山路の事故、若や山鬼天狗の種類かと、疑念 を起して、図らず失礼なる振舞を致せり、其段ハ幾重にも用捨ありて、情願道知辺を 願入る、と叮嚀に挨拶なし、是より其老僧に伴ハれて、龍灯会の見物に来りて、同伴 に外れ、思ハず道を失ひし事など物語り、十丁余も歩みしと思へば、最早有木村に着 きしかば、弥々心嬉しく、是よりハ己老僧の先に立て歩みつゝ、頓て岡部の家の前迄 来りしかば、道案内の謝礼を述べんものと、急に後を振廻れば、今迄有りつる老僧の、 影も形も見えざりけり、

   


「浪華異聞 大潮余談」目次/その50/その52

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