Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.5.14

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「大塩の乱関係論文集」目次


なにはいぶん  しほの なごり
「浪華異聞 大潮余談」
 その6
宇田川文海 (1848−1930)

『絵入人情 美也子新誌 第3号』所収 駸々堂 1882.5

◇禁転載◇

 第3回 (1)管理人註
  

そのとき          ぬら    ふたゝびときいだ          あえ 当下忠助ハ、茶碗の水に喉を湿して、再説出すやう敵より放せし鉄砲に、敢なく                   おほく 打たれし其人ハ、旦那様にハ非ずして、多の味方の其内にて、第一番の剛傑と頼 切たる一人の勇士、大砲支配の先手の大将梅田源右衛門殿にて候ひしが、是を見 るより味方の雑人、ソレ源右衛門様が打たれたと、一同俄に驚き騒ぎ、持たる鉄 砲鎗刀を其儘其処に打捨て、右往左往に逃行くにぞ、                 はがみ   な さ 大塩殿の御父子を始め、旦那様にも歯切を被成れ、源右衛門一人を撃たれしとて、 何條逃る事やある、平八郎父子之にあり、利三郎之にあり、返せ者共、留れ人々、               そなへ と声を限りに呼ハり/\、再び隊伍を立直さん、と烈しく下知せし折ネ、敵にハ       あらて 遠藤但馬守の新手加りて、弥々勢ひを添へ、味方ハ続く兵なければ、衆寡敵し難 き自然の勢、遂に味方ハ大敗軍、或ハ打れつ、或ハ逃げつ、大塩殿を始めとして、             いくさ 旦那様さへお行方知れず、軍のお伴に立ながら、主の先途をも見届ず、何をめ/\        せめ と返らるべき、切て敵の雑兵の一人なりとも打取て、潔よく討死せんものと、跡       まぎれい               しばし       たゝかひ 部殿の人数に紛入りしが、イヤ待て暫時、今日の戦争に、斯く味方の敗軍となる                               かゝ からハ、弓削村のお留主宅へも、討手の向ふは知れし事、奥様には此るべしとハ  しら         そのまゝ     をわ           おんみ 露知し召さず、依然お内に在しましなば、御身ハ元三人の和子様迄、やみ/\                                   はせ 敵の手に生捕れ賜りなん、左すれば此処にて一命を捨るよりハ、お留主宅に走帰                        いづく て戦争の次第をお知せ申し、奥様始め和子様をも、何処の里へなりと御落し参ら        せめ             はぢ           たもち するが、夫こそ切てもの忠義なれと、思直して愧を忘れ、惜くも非ぬ命を保て、 此をめ/\と逃返りぬ、 右の次第に候へば、今にも討手の来らんも計られず、大切の御書物、又ハ金子衣 類調度抔御取纏め遊バされ、今より直に何処へなりとも、心当の方へお立退き遊 バされよ、下郎め、おん伴仕らんと謂へバ、菊枝ハ斯と聞くより遺恨の涙、ハラ      つ ま             たゝかい           いきながらへ /\、吾所天にハ兼ての御気性、今日の戦争に打負る上からハ、迚も生長経て居                          をのれ らるゝ筈はなし、左すれば吾所天の敵ハ、跡部山城守、己女でこそあれ、西村利                           わらわ 三郎が妻、一太刀怨までおくべきか、コリヤ忠助、今より妾を案内して、跡部殿                        なげし の陣処迄連て行にや、と云ふより早く奥へ駈入り、承塵に掛けたる長刀を、取る                    あはて   すが より早く飛出す、隻の袂に忠助とおかねハ遽て取槌り、モシ奥様菊枝様、彼方ハ               どうぞ お気ばしお違ひ遊バされしか、情願お心をお鎮め遊バされ、今此二人が申上る事、 一通お聞なされて下されませ、と忠義ハ変らぬ異口同音、  【菊枝の長刀にとりすがるおかねの図 略】

   


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