Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.5.15

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「大塩の乱関係論文集」目次


なにはいぶん  しほの なごり
「浪華異聞 大潮余談」
 その7
宇田川文海 (1848−1930)

『絵入人情 美也子新誌 第3号』所収 駸々堂 1882.5

◇禁転載◇

 第3回 (2)管理人註
  

    あなた                           おほぜい モシ奥様阿嬢ハお気ばしお違ひ成なされましたか、大塩様初め旦那様抔多勢                             まし のお歴々様方がお揃ひ成されてさへ、勝こと能ハぬ敵の大軍、況て女子の身ひと つで、如何程お働き成されたとて、迚も及バぬ蟷螂のをのと、火に入る夏虫の火   たとへ                              すぐれ 虫の比喩に異ならず、と言ふ忠助の語を、続ておかねハ涙の声震ハし、人に勝て  りこう あなた  わたくし お怜例の阿嬢様に妾風情が兎や角申上るハ、下世話に申す釈迦に説法とやらに似 たれども、今忠助殿の仰しやる通り、目に余る大軍のその中へ、阿嬢お一人が切                              つれあい 込んだとて、何の役にも立たぬ、是がホンの犬死、阿嬢様丈ハ、良人の為に御一   すつ                      あと       みたり   わ こ 命を捨る事なれバ、決してお心残ハなかる可けれど、お迩に残った三人の和子様              しやう ハ、何となされ升、死ハ易く生ハ難しと、常々旦那様のお話にも承はつて居るも                                 わらは のを、今お捨遊バす、お命をお保ち成され、三人の和子様を連て、一先妾の在所            しばし の古市村まで落延びて、暫時父の許に身を潜め、旦那様の生死の程をも篤と探ツ た其上にて、兎も角もお成り遊バすのが何寄の御分別、只今と成てハ、何様な御                     苦労を遊はしても、幾末永く此世においで成され、三人の和子様を守育て、西村  家名? の名家をお絶しなされぬのが何寄、旦那様への御貞節かと存知升、卜二人が尽す    ことば               うなづ 忠義の言を、菊枝ハ聞て漸々に思返して打点頭き、二人が云ふ処も一理あれば、               さり 敵陣へ切入る事ハ思止るべし、然ながら西村利三郎の妻とも謂ハるゝものが、討        にげかく               たとへ いつく 手の向ふと聞て逃亡れたりと謂ハるゝも無念なり、又仮令何処の浦に逃隠るゝと       をふ も、迚も免れ遂すべくも思ハれねば、此処に踏止りて、討手の来るを待受け、其         みたり   こども             いきながらへ 時の模様に依て、三人の小児を指殺して自害するか、又ハ生長経て家名を立るか、                やが             ぢぶつ 二ツに一ツの分別をすべけれと、頓て奥の一間なる持仏の前に至て、祖先の霊前 に香火を供へ、三人の小児に衣裳を改めさせ、自分も白無垢に着替へつゝ、忠助                   よびいだ           わけ おかねを始め、男女の召使を悉く面前に喚出し、衣裳と金子を夫々に頒与へ、長           むくひ             いとま く忠勤を励み呉れし其報酬も成さず、此儘暇を出すハ、誠に本意なき事ながら、 こんにち                         すみやか 今日の場合、やんごとなき事なれば、時の不肖と思明らめ、速に宿許へ引取くれ                 せめ ことば          かゝ よ、若し命あらば、重ねて面会し、切て言の礼をも述ぶべけれ、此る処に長居せ   おんたち            とく/\  せり ば、汝輩の為ならじ、早疾々と迫立て、残らず暇を取せしが、忠助とおかねのみ ハ、兎も角も、御先途を見届けし上ならねば、何様仰せらるゝ共、得去り申さじ、                 さしづ と言張て動かねば、然バとて二人に指令して、家の内外を椅麗に掃除させ、床の                              はゝきめ 間の掛物と生花を取替させ、門ハ素より八文字に開かせて、打水箒目まで残る処 なく行届かせ、此度のことに関係ありと思しき書類ハ、尽く火に投じて灰と成し、                          すわら 夫より三人の小児を膝下に侍らせ、忠助おかねを傍近く居せて、菊枝ハ形を改め、 先長男の常五郎に打向ひて、

   


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