よわひ とふ ひごろ
御身年齢未だ十にも足ねども、既に四書の素読をも終へ、又平生父上より聖経賢
ますらを
伝の御講釈をも承はり居るなれば、身を殺して仁を為すとかや、志ある丈夫ハ、
ほゞ
身より名を惜むものと云ふ事ハ、粗心得て、居るならん、そも/\此度父上にハ、
うへこゝへ くるしみ
日本余州の細民等が饑凍て、塗炭の苦とやらに陥るを見るに見兼て、天に替りて
道を行ふの義兵を起し、紆商滑吏を誅伐せんとて、今日の事を起し賜ひしに、不
さかん
幸にして其事成らず、終におん行方さへ定かならぬ次第に至りしか、人盛なれば
い と はげし きしやう
天に勝つの道理、是も亦是非なき事、父上にハ平生憤慨激烈き御気質なれば、迚
ながらへ さら
も此世に長経居らるゝ事ハよもあらじ、然ば其妻たり其子たる者、誰か此世に長
おんたち
経居るべき、直に此母が手に掛けて、汝輩を刺殺し、吾も其坐に自害して果つべ
きなれど、数百年来相続せし此西村の家名を、一旦にして廃滅さするも祖先に対
して不孝なれば、若し仮令謀反人の子孫にても、十歳未満の者故、其罪を問ハず
おほやけ
と云ふ公の沙汰あらんも計り難けれバ、其時にハ性命を保て、文学武芸を飽迄励
いけにへ
み、再び家名を起し賜へ、且ハ利三郎殿が数千万の細民の為に、身を犠牲にした
うけつ いらひと おき
まひし志を承継きて、国の為、世の為に、天晴志を尽しねかし、又万一苛刻き法
て わろび
律を以て無惨の処刑に及ぶとも、必ず卑怯れし振舞あるべからず、今こそ非業の
とぐ いつか かうばしきな とゝむ はえ わらわ
死を遂るも、何日か天定るの時ありて、芳名を青史に留るの栄あるべし、妾ハ公
かゝわ のぞん
の沙汰に関係らず、聊か別に思ふ旨もあれば、其時に臨て志を顕すべし、仮令如
ねんごろ
何様の事を為すも、決して驚くべかず、悲むべからず抔懇に意見を加へ、又雪江
こま/\ まごゝろ なんたち
にも細々と言含め、扨忠助おかねの二人に向ひて、是迄の忠心を深く謝し、汝輩
とがめ みたり
ハ元より召使の事なれば、さしての過責もあるまじければ、此上の願にハ、三人
こども わらは ゆくすゑ
の小児等、万に一ツも恙なき事を得ば、妾に成替て行末、力を添て介抱して下さ
れ、と頼置き、かくハ云ふものゝ、今にも討手の来し上にて、如何に成行くも計
わかれ かわらけ
り難かれば、親子主従一世の別の杯せんと、銚子瓦器取出させしつゝ、心静に汲
やが につこ ことば ひとき
替ハせしか、頓て完爾と笑ふて、常五郎に言を掛け、此世の名残に一曲く御舞候
をさな いと さかし
へ、いざ/\、と進められて、常五郎ハ幼年けれども、最怜悧ければ、母の心を
おほかた せぐりく ことさら つくら
大方に、夫と悟て戯欷る涙のみこみ、故に笑顔造ふ愛らしさ、扇を執て立上り、
かたら もろびと すゝ
「ともなひ語ふ諸人に、酒を差めて杯を、とり/\なれや梓弓、矢竹心の一つな
ものゝふ
る、武士の交り頼みある、中の酒宴かな」と震へる声に、震へる足元踏しめ/\
こゝろね おもひや
舞ふ、其子と舞ハする親の心底を、想像りつゝ忠助とおかねハ、涙ハラ/\、菊
わがこ
枝ハ吾子と吾家来に泣顔見せじと、手拍子をうつの山辺の、うつゝとも夢とも分
ゆめうゝつ
かぬ夢幻、浮世の様こそ憐れなれ、
【常五郎、母の前で舞う図 略】
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