Я[大塩の乱 資料館]Я
2004.7.30

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

倹約と御老中評定

 









御老中評定の上にて、近年は年々に世間行き詰り、公儀にも不時の御物入続なる故、公方様にも無用の御道具類悉く御売払にて、総べて物事是迄とは半減にすべしとなり。先づ第一に禁裏様をばきんり様と唱へ、仙洞様をば五百銅様と唱へ、公方様は四方半様、御老中は二老半中、大名は小名、旗本・御家人の類も是に准じ、大納言は中納言、大臣は大納言、中納言は少納言、少納言は宰相、宰相は中将、中将は侍従、侍従は大夫、其外士は一むらひ半、百姓は五十姓と云ふべき由に相定りしと云ふ。公方様より仰出さるゝ様は、「此度倹約に付て、御先代より伝来の諸道具と雖も、差当り無用の物は悉く売払ひしが、今一つ至つて大切なる物なれ共、是を売払はゞ大なる利徳得べしと思ふ故、是を売払べし」と仰せらるゝにぞ、「夫は如何なる物にて候や」御老中より御尋ね有りしに、「外の物にてはなし。葵の定紋なり。此度何事も半滅なれば、三つ葵はいらぬ事なり。已来一つ葵にして二つは之を売払ふべし」との上意なるに、「こは怪しからぬ御事なり。 三つ葵も一つ葵も之を付くるに直段・染賃等の甲乙なし。然るに之を御払ひになりしとて、御紋の事故如何共なし難く、之を買ふ人は決して有るまじき事なり。甚以て心得難き御上意なり」と申さるにぞ、「怪む事なかれ。売りさへすれば買人は沢山なる事なり」との上意なる故、「其買人と申すは如 何なる者に候や」と伺はれしに、「外にてもなし、町人共へ売りさへすれば、何程にても悦んで買ふべし。此間物見に出て外を眺め居たりしに、町人共大勢連れにて物見の下を通りしが、何れも口を揃へ、時節が悪るふて青ひ顔\/と申したり。これを売らば大なる益ならん」と仰られしとぞ。物事に行き詰り困窮して困れる事を、近年京摂にて「青ひ顔ぢや」といへる流行詞有り。この詞によりての咄なれば、こは京摂の間にて作意せし咄ならんと思はる。

 
 

 十月廿四日東御役所へ被召出、於御前東西御奉行様御立会の上、左の通被仰渡候。

       四十一町総代
           四軒町
           年寄
     伊丹屋三郎兵衛
           北九太郎町
           五丁目年寄
綿屋七郎兵衛
           堂島新地中
           三丁目年寄
河内屋彦兵衛

其方共儀、去る酉二月十九日、悪徒共当表市中放火及乱妨、三郷町々其外焼失致す節、類焼の難渋人共施行物三郷出す段、一同奇特なる事に付、為褒美四十一町は銀四枚、銀五両被下候間割符致せ。右の段従江戸表依御下知申渡す間、一同難有承知致せ。右被仰渡候に付、左の通御礼申上候。

   乍恐口上

一、去る二月大大に付、類焼難渋人御救小屋にて御救被為成下候に付、為冥加私共町々聊施行仕候に付、今日御召の上、結構の御褒詞被成下候に付、其上御銀被為下置、冥加至極難有奉存候。依之為総代乍恐、書付を以て御礼申上候。以上

          北組八町総
          代四軒町年寄
  伊丹屋三郎兵衛
        南組十八町総代北
        久太郎町五丁目年寄
 綿屋太兵衛
          堂島新地中
          三丁目年寄
   河内屋彦七

  東西御奉行様

 
 


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