Я[大塩の乱 資料館]Я
2004.8.27

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

金銀徴集令 その4










十一月下旬、備前より法華不受不施の者共老若男女の差別なく、五十人計りも召捕り来りて、江戸へ引かれしと云ふ。

又五七日も過ぎて、兵庫其外近辺にて米買占の者共五十計り召捕り来る。

前にも云へる如く、当年は少々不作なりしか共、近年打続き占囲ひし米沢山の事にて、米価下落せざればなり難き事なるに、姦商共之を途中にて買占めて高利を貪らんとする故、其価下落することなし。堂島にても姦商米を占めんとして、両人 十二月四日に召補らる。

 






又世間一統に金銀大に差支へ、是迄堂島より諸屋敷の米入札をなし、落札せし者某米切手を両替は申すに及ばず、富家の者共へ引当に差入れ金を借り出し、屋敷へ納むる事なるに、富家の者共は公儀よりの仰渡され厳しく、斯かる時節に米切手多く取扱へば、忽ちに御咎を蒙る事なる故、切手引当に金を出す者なく、両替とても同様の事なり。堂島は素より米を取扱ふ問屋共なれども、諸人を嘘しあやかして人の金銀を取込み、夫にて渡世する者共なれば、金銀を蓄積せし者更になし。

此故に如何ともなり難く、己れが入礼にて落札をなせし米を、屋敷へ返米する様に成行きぬ。此の如くなる有様なれば、来陽にもならば米価も定めて下落すべし。左様にいつ迄も金なしには貯へ難からん。貧乏大名・姦商大名等も米を安売してなり共、金銀に代へざれば何れも江戸への仕送りに差支ふべし。見よ\/米の下落眼前ならんとて、諸人一統に腹を居ゑて、飯米の用意も余り囲ひ持たざる様になりぬ。百四 十匁の外へ出でたる肥後米も、十二月六日頃には百二十匁位となる。余の米は之に准ず。

 

西










前に京都より西丸の御普請御差止の由、専ら風説せし故、其事を記 しぬ。こは実説に相違なき由なり。

天明の始め京都大火にて禁裏炎上し、今日に至れ共仮の皇居にて在しますなり。此事に付、先年中山大納言殿と松平越中殿と殿中に於て論ぜられし事有り。然るに今以て禁裏をば其儘になし置きて、西の丸をば焼けて間もなく金銀・珠玉を以て、善美を尽し奇麗なる御普請出来の由なるにぞ、西の丸の普請より先に禁裏の造営をなすべしと、京都より御沙汰之有りしにぞ、西の丸の御普請も止めになりしと云ふ事なり。又金銀の諸道具も厳重の御沙汰故、町家より悉く奉行所へ持出しゝが、町家と雖も官家より先年拝領し、先祖より持伝への諸道具多き事故、是等をも悉く買上げと成りしか共、官家より所司代へ御沙汰有りて、之を差し込められし故、悉く差戻しと成りしと云ふ。

 


「浮世の有様 金銀徴集令」その3/その5
「浮世の有様」大塩の乱関係目次3

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