矢野太郎編『国史叢書 浮世の有様 1』 国史研究会 1917 所収
| 序 |
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此書文化三年に筆を始むと雖、昔よりして予が見聞せし事の、心に留め置きしを思出づる儘に書記しぬる故、其事の前後せしも少なからず。こはたゞわが家に秘め置きて、他人に見せぬるものにあらざれば、忌憚れる事をも、あらはに之を書き連ね、文の拙きも言葉の賤しきも、書損じぬるをも、之を改め正す事さへあらざれば、年の前後せしなどをば、更に厭ふ事なし。されども、其事実に於ては少しも違ふ事なし。之を見て、其時々の世の有様を思量り、善きも悪しきも能く弁へ知りて、常にこれを其心に留め置きぬる時は、其益なきにしもあらず。予が子孫たらむ者は、よく之を心得べし。必ず世間流布の雑書と同じく思ひ過るべからず。