山田準『洗心洞箚記』(本文)111 Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.1.18

玄関へ

大塩の乱関係史料集目次


『洗心洞箚記』 (本文)

その111

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

上 巻訳者註

      ●              へんえき 一三九 心の太極既に復し、而て時に随うて変易すれ         ●じちう  ば、則ち聖賢の時中なり。心の太極未だ復せずして  変易すれば、則ち世俗の巧偽なり。而て其の始め甚    び          たが  だ微に、其の終りは大いに違ふ。故に云ふ、君子は     つゝ   ●さが     がうり       あやま  始めを慎しむ。差ふこと毫釐の如くにして、繆るに  千里を以てすと。この故に未だ太極の体を復せざる        ●けい  ものは、一に経を守らんのみ。   心之太極既復、而随時変易、則聖賢之時中也、   心之太極未復而変易、則世俗之巧偽也、而其始   甚微、其終大違、故云、君子慎始、差若毫釐、   繆以千里、是故未復太極之体者、一守経而   已矣、


●太極。易の繋
辞に「易に太極
あり」と見ゆ、
道を称す。

●時中。中庸に、
「君子の中庸や、
君子にして時に
中す」とあり、
時に随つて中道
に処す。

●毫釐。史記太
史公自序に「之
を毫釐に失へば
差ふに千里を以
てす」とあり。

●経。正道。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その110/その112

大塩の乱関係史料集目次

玄関へ