● ● ●けん ぐわ
一四二 伝習録に曰く、「九川病に虔州に臥す、先生
● たゞ さと こた
云ふ、病物亦た格し難し、覚り得ること如何と。対
くふう ●
へて曰く、功夫甚だ難しと。先生曰く、常快活便ち
これ功夫」と。陽明先生の説の如く、而て後時とな
あ
く処として学ならざるなきを信ず。之を充つれば則
● くわくわん
ち身を殺して仁を成すの禍患も、亦た只だ是れ快活
たと
のみ、然らざれば縦ひ忠死すとも、之を仁と謂ふべ
けんや。
伝習録曰、「九川臥病虔州、先生云、病物亦難
格、覚得如何、対曰、功夫甚難先生曰、常快活、
便是功夫」、如陽明先生之説、而後信無時無
処不学、充之則殺身成仁之禍患、亦只是快活、
不然縦忠死、可謂之仁哉、
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●伝習録。王陽
明の語録、門人
の筆録する所。
●九川。陳九川
王陽明の門人。
●虔州。江西省
にあり。
●病物。病も物
なり。
●常快活。いつ
もほがらかなる
こと。
●身を殺して云
々。論語衛霊公
篇に見ゆ。
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