山田準『洗心洞箚記』(本文)115 Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.1.22

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『洗心洞箚記』 (本文)

その115

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

上 巻訳者註

             一四三 陽明先生曰く、「文公格物の説は、只だ是れ  づなう  か        ねんりよ  び  頭脳を少ぐ。謂はゆる之を念慮の微に察するの此の                       ちよ  一句の如き、之を文字の中に求め、之を事為の著に  けん         もと       こん  験し、之を講論の際に索むると、混じて一例と作し                     ひそ  て看るべからず。是れ軽重なきなり」と。竊かに先  生の意を考ふれば、則ち之を念慮の微に察するは即  ちこれ頭脳のみと謂ふなり。此れ乃ち是れ正論なり。  何となれば則ち察すと曰ひ、求むと曰ひ、験すと曰  ひ、索むと曰ふ。それ何者か之を察し、之を求め、  之を験し、之を索むるぞ、良知にあらずして誰ぞ。  故に之を文字に求め、之を事為に験し、之を講論に                索むと雖も、要は皆念慮の微に帰するのみ。もし念  慮の微に帰せずんば、則ち文字事為論果して何物ぞ、         はんはんたうたう       ばうし  亦た外物のみ。泛泛蕩蕩として、亡子を道路に求む                       しか  る如く然り、豈根本なき学問にあらざらんや。而も    あら       つい  况や凡ゆる天下の物に即てと云ふ、則ち外物を逐う      のこ       ほと   まれ         がく  て心理を遺さざる者幾んど希なり。故に学人之を文              ちよ  字の中に求め、之を事為の著に験し、之を講論の際                   に索むと雖も、必ず皆之を念慮の微に察すれば、則    たゞ                     ち物格しうして知至る。学んで要を知らずんば、支   り        こうじ          いき  離に落ち、口耳に流る。而も聖賢の域を望む、亦た  難からずや。   陽明先生曰、「文公格物之説、只是少頭脳、如   所謂察之於念慮之微此一句、不之   文字之中、験之事為之著、索之講論之際、混   作一例、是無軽重也、」竊考先生之意、   則謂之念慮之微即是頭脳也耳、此乃是正論   也、何則曰察、曰求、曰験、曰索、其何者察   之、求之、験之、索之、非良知誰、故雖   之文字、験之事為、索之講論、要皆帰乎念   慮之微而已矣、如不乎念慮之微、則文字事   為講論果何物、亦外物也已矣、泛泛蕩蕩、如   亡子於道路然、豈非根本学問耶、而况即   凡天下之物云、則不外物、而遺心理者幾   希、故学人雖之文字之中、験之事為之著、   索之講論之際、必皆察之念慮之微、則物格而   知至、学不要、落支離、流口耳、而望聖   賢域、不亦難乎、



文公。朱子。

頭脳。心、即
ち良知。少ぐは
缺ぐに同じ。

謂はゆる云々。
朱子の大学問に
して格物章に格
物の條件として
程子の九條を
挙げたるを、王
子は念慮云々は
特に其の主たる
べきを弁ずるな
り。










泛泛蕩蕩。目
当も無くひろび
ろとして居る。

凡ゆる云々。
朱子の大学到知
格物の補伝に
「凡ゆる天下の
物に即いて云
々」とあり。



支離。心と事
物との二つに分
れること。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その114/その116

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