きおう
一四四 黙坐瞑目して、而て既往の事を追思すれば、
則ち是非善悪、記する如く、忘るる如く、茫茫乎と
● とら とら じつう ●くわ
して雲を捉へ風を捕ふるごとく、実有にあらず。過
こ いまし
去は之を思ふも何の益かあらんの誡め、是に於てか
さと う あふ ふ おも
覚り得。仰いで想ひ、俯して惟ひ、以て将来の事を
●おくたく えうじゆ よ き
億度するに、夭寿禍福、予期すべからず、昧昧乎と
して夜中の山を望むごとく、真見にあらず、未来は
さ
之を思ふも何の益あらんの訓、具に於てか醒め了る。
然らば則ち現在上に於て、心を正して以て君に事へ、
父に事へ、忠を尽し、孝を尽し、而て余善を尽すの
じつう しんけん ●りんじよう
外、更に実有真見の事なし。因て聖教の倫常世に用
しやく ●げんばう
あり、而て釈学の幻妄人に無用なるを知るべきなり。
黙坐瞑目、而追思既往事、則是非善悪、如記如
忘、茫茫乎捉雲捕風、非実有、過去思之何益
之誡、於是乎覚得、仰想俯惟、以億度将来事、
夭寿禍福、不可予期、昧昧乎望夜中山、非真
見、未来思之何益之訓、於是乎醒了、然則於
現在上、正心以事君事父、尽忠尽孝、而尽
余善之外、更無実有真見之事矣、因可知聖教
之倫常用乎世、而釈学之幻妄無用乎人也、
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●雲を捉へ云々。
手中に何物もな
し。
●過去云々。伝
習録陸澄所録に
「過去未来の事、
之を思ふも何の
益あらん」とあ
り。
●億度。おもん
ばかり、はかる。
●倫常。五倫、
五常。
●幻妄。あやま
れること。ここ
では仏教の現在
を仮とし、三世
を説くを指す。
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