●うしやう し じ
一五八 嘗て烏傷の王氏華川巵辞を読む。其の言に曰
れつ
く、「人の善を為さんと欲するや、一念の烈に由る
はん か ●たう
のみ。反して之を求め、克つて之を致さば、則ち盗
跖も堯舜たるべからざるものあらんや」と。然れど
●か ぐ あへ
も人下愚移らざるの言あるを以て、肯て之を信せず
なん みんし ● けん
ば、則ち盍ぞ亦た明史の忠義伝を見ざるや。張献忠
●せいいこう
襄陽を陥るや、盛以恒・楊所修等と城守す。賊城に
いこうとら
登る。以恒執へられ、賊を罵つて屈せず、賊のため
しかい
に支解せらる。所修亦た賊を罵つて死す。それ以恒
は固と士夫、之に死するは其の常分のみ。所修の如
たう ●ぎやくあん と
きは、故の魏忠賢の党なり。而も逆案に入り、徒を
あがな ●ようけんさうが
贖うて民となる者。則ち嘗て其の鷹犬爪牙となつて、
しやうがい
賢人君子を害せるや、言はずして知るべし。然も
き
賊の迫るに及んでは、毅然として忠義の人と共に罵
れつ
り以て死す、これ何の心ぞや、謂ゆる一念の烈に非
ざらんや。然らば則ち良知は悪人と雖も未だ甞て之
はん
を損ずる能はざること、此に於て見るべし。反して
か
之を求め、克つて之を致さば、則ち堯舜たるべしと
の云ひ、豈亦た虚言ならんや。且つ吾れ未だ所修が
し
嘗て王氏の巵辞を読んで而て興起せる者なるや否や
●
を知らずと雖も、其の為す所の如きは、巵辞と合
く
す。况んや忠義伝に載り、金石と朽ちざるをや。則
ち豈偉にあらずや。此れ始め善良にして終り姦悪な
●えいかん
る者の永鑑なるかな。
嘗読烏傷王氏華川巵辞、其言曰、「人之欲為
善也、由乎一念之烈而已、反而求之、克而致
之、則盗跖有不可為堯舜者乎、」然人以有
下愚不移之言、不肯信之、則盍亦見明史忠
義伝乎、張献忠陥襄陽、盛以恒与楊所修等、
城守、賊登城、以恒被執、罵賊不屈、為賊
支解、所修亦罵賊死、夫以恒固士夫、死之其常
分而已矣、如所修、故魏忠賢党也、而入逆案、
贖徒為民者、則嘗為其鷹犬爪牙、害賢人君
子也、不言而可知矣、然及賊迫、毅然与忠
義人共罵以死、是何心也、非所謂一念之烈乎、
然則良知雖悪人未嘗能損之、於此可見矣、
反求之、克致之、則為堯舜之云、豈亦虚言哉、
且吾雖未知所修嘗読王氏巵辞、而興起者乎
否、如其所為与巵辞合、况載於忠義伝、
与金石不朽、則豈非偉乎、此始善良而終姦悪
者之永鑑也夫、
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●烏傷云々。鳥
傷は地名。王氏
は王、明の太
祖に仕へ、忠死
す、華川は其の
号、巵辞は書名。
●盗跖。大盗。
●下愚。論語
陽貨篇に見ゆ。
●張献忠。明末
の流賊。
●盛以恒。字は
勉南。
●逆案云々。逆
徒の罪案に入り
徒隷となるべき
を金を以て贖う
て平民となる。
●鷹犬云々。魏
忠賢の与党。
●合。ひつた
りと合ふ、は
吻に同じ。口び
る。
●永鑑。永久の
手本。
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