山田準『洗心洞箚記』(本文)140 Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.4.19

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『洗心洞箚記』 (本文)

その140

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

上 巻訳者註

    じやしやく べん     せい 一六九 儒釈の弁、其の精に於ては、陽明先生の説尽  きぬ。而て伝習録に載せられ、吾が党の学人常に之                       しやう  を覧観す、故に略す。其の粗に於ては張南軒先生詳  ろんめいせき  論明晰加ふる莫し。今其の語を録す。曰く、「酒の                          物たる、以て祭祀に奉じ、賓客に供す。此れ即ち天     くだ  の命を降すなり。而て人は酒の故を以て、徳を失ひ    ほろ          ゐ  身を喪ぼすに至る、即ち天の威を降すなり。釈氏本           にく            へい  と天の威を降す者を悪み、乃ち天の命を降す者を併    与して之を去る。吾が儒は則ち然らず、其の威を降  す者を去るのみ。威を降す者去つて、而て命を降す               ぼうてん  者自ら在り。飲食して天物を暴殄するに至る如き、            そじよ  釈氏は之を悪み、必ず疏茹を食はんと欲す。吾が儒      てん             しやし  は則ち暴殄に至らざるのみ。衣服にして奢侈を窮極                 くわい      き  するに至る、釈氏之を悪み、必ず壊色の装を衣んと                     いんとく  欲す。吾が儒は則ち其の奢侈を去るのみ。淫匿を悪  みて夫婦を絶つに至る。吾が儒は則ち其の淫匿を去  るのみ。釈氏は本と人欲を悪み、天理の公なる者を  へいよ  併与して之を去る。吾が儒は人欲を去る、謂ゆる天        せう  理なるものは照然たり。譬へば水の如し。釈氏は其      だく        ふさ  の泥沙の濁を悪み、而て之を窒ぐに土を以てす。土  よく窒けば、則ち水飲むべきなきを知らず。吾が儒                は則ち然らず、其の泥沙を澄ます、而て水の清きも                      たくぷく  の酌むべし。これ儒釈の分なり」と。朱子之を嘆服                     ちやくじつ  せり。是の故に儒者威を降す者を去るの工著実なら              げん            みだ  ず、而て釈氏之を悪めるの原を察せず、只だ浸りに   いたん           へん  異端を以て釈氏を貶せば、則ち釈氏必ず儒を目する  ゑだく          せいけんけんでん  穢濁を以てせん。是を以て聖経賢伝、字字句句、只          だ人欲を去るの事を以て後人に告ぐるのみ。後人之   ゆるが  を忽せにするは何ぞや。故に吾が輩晩年末路は、乃            やゝ   こうりつ        しか  ち釈氏の如くし、而て稍聖賢の率に入れり。否ら            わきでき  ざれば則ち多くは其の惑溺する所と為り、而て立つ              はいだつゐくわい          よう  る所の志、勉むる所の功、廃堕墜壊し、而て終に庸 じよう                    したが  常にこれ帰することをなさん。故に南軒の説に遵ひ、      なづ    しべん  はいつゐ  而て又た泥みて志勉を廃墜する勿くんば、則ち善く  学ぶと謂ふべきのみ。   儒釈之弁、於其精也、陽明先生之説尽矣、而載   於伝習録、吾党之学人常覧観之、故略焉、於   其粗也、張南軒先生詳論明晰莫加焉、今録其   語、曰、「酒之為物、以奉祭祀賓客、此即   天之降命也、而人以酒之故、至於失徳喪身、   即天之降威也、釈氏本悪天之降威者、乃併与   天之降命者之、吾儒則不然、去其降威者   而已、降威者去、而降命者自在、如飲食而至   於暴殄天物、釈氏悪之、必欲蔬茹、吾儒則   不於暴殄而已、衣服而至於窮極奢侈、釈氏   悪之、必欲壊色之装、吾儒則去其奢侈而已、   至於悪淫慝而絶夫婦、吾儒則去其淫慝而已、   釈氏本悪人欲、併与天理之公者之、吾儒去   人欲、所謂天理者照然矣、譬如水焉、釈氏悪其   泥之沙之濁、而窒之以土、不土能窒、則無   水可飲矣、吾儒則不然、澄其泥沙、而水之清者   可酌、此儒釈之分也」、朱子嘆服之、是故儒者   去威者之工不著実、而不釈氏悪之之   原、只漫以異端釈氏、則釈氏必目儒以穢   濁、是以聖経賢伝。字字句句、以只去人欲之事   告後人焉耳、後人忽之何哉、故吾輩晩年末路、乃   如釈氏、而稍入聖賢之矣、否則多為其所   惑溺、而所立之志、所勉之功、廃堕墜壊、而終為   庸常之帰、故遵南軒之説、而又勿泥焉廃墜志勉、   則可善学也已矣、



儒釈の弁云々。
儒教と仏教との
弁別。

張南軒先生。宋
の学者張、南軒
と号す、朱子之
を敬重す。

天が恩命を降
す。

詩経大雅に
「天の威を降す」
とあり、刑罰を
降すなり。




天物なる酒を
飲み荒らして悪
用す。

疏茹。野菜大
根、即ち精進す
るの意。

壊色。墨染の
衣。
























穢濁。けがれ
たもの。





率。孟子尽
心篇に「は拙
射のために率
を変ぜず」とあ
り、矢ごろの程
限標準を云ふ。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その139/その141

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