● そうせき
一七〇 孔門の四子志を言ふの意、曾皙は実行未だ至
らずと雖も、而て気象識見倶に高し。早く既に聖人
うかゞ ●
の心体の虚を窺ひ得たること、顔子と一般にして、
ぼしゆん
諸子の比にあらざるなり。故に暮春に春服成るの答
● そ
あり。是れ乃ち夫子の志なり。夫子其の位に素して
而て行ひ、其の外を願はず。然れども其の任に当り、
べん
其の職に居れば、則ち何事か弁ぜざらん、何の政か
●い り ●じようでん いや
治まらざらん。故に委吏乗田の賤しきより、侯伯帝
すべ ●りうなん
王の貴きに至る迄、都て留難なし。之を明鏡に譬へ
じゆんおう けんし
んに、物来れば則ち順応し、其の大小妍 、一も照
だん
らさざるなし。物去れば則ち只だ一団の虚明のみ。
きよくたうつと や
是の故に其の変通曲当彊むることなく息むことなし、
か ●いひつ しやう
天と同一なり。夫の三子の如きは、猶意必の障あり、
くわきじんぶつ
故に心虚にあらず。譬へば鏡面に於て先づ花卉人物
● ねんちやく をは たぶつ
を画き、丹青既に黏著し了れば、他物外より来ると
ぜんせう ●しりよ ききん
雖も、之を全照する能はざる如し。故に師旅饑饉は、
●
子路心上の丹青なり。六七十五六十は、冉有心上の
●
丹青なり。宗廟会同は、公西華心上の丹青なり。三
子の此れを能くして、而て彼れに通ずる能はず。彼
れを能くして、而て此れに通ずる能はざるは、此れ
な
を以てなり。然れども三子の器用微くば、則ち孔門
ちか そうせき ●びげん な
の教、老仏に庶し。而て曾皙の微言微くば、則ち夫
●くわんあん まぎら
子の志、管晏に嫌はし。之を要するに吾が輩志を曾
皙の言へる所に持し、而て三子の器用に従事せば、
こひねがは へん
則ち庶幾くば一偏に陥るの書を免れんか。
孔門四予言 志之意、曾皙雖 実行未 至焉、而気
象識見倶高矣、早既窺 得聖人心体之虚 、与 顔
子 一般、非 諸子之比 也、故有 暮春者春服成
之答 、是乃夫子之志也、夫子素 其位 而行、不
願 乎其外 、然当 其任 、居 其職 、則何事不
弁、何政不 治、故自 委吏乗田之賤 、至 侯伯帝
王之貴 、都無 留難 、譬 之明鏡 、物来則順応、
其大小妍 、無 一不 照、物去則只一団虚明而已
耳。是政其変通曲当、無 彊無 息、与 天同一焉也、
如 夫三子 、猶有 意必之障 、放心非 虚、譬如
於 鏡面 先画 花卉人物 、丹青既黏著了、雖 地物
自 外来 、不 能 全 照之 、故師旅饑饉、子路心
上之丹青也、六七十五六十、冉有心上之丹青也、
宗廟会同、公西華心上之丹青也、三子之能 乎此 、
而不 能 通 乎彼 、能 乎彼 、而不 能 通 乎此 、
以 此也、然微 三子之器用 、則孔門之教、庶 乎
老仏 、而微 曾皙之微言 、則夫子之志、嫌 乎管
晏 矣、要 之吾輩持 志於曾皙之所 言、而従 事
三子之器用 、則庶幾免 於陥 一偏 之害 矣乎、
| ●孔門四子云々。
論語先進篇に、
子路・曾皙・冉
有・公西華侍坐
せし時孔子各々
其の志を言はし
めし條あり、曾
皙は、暮春春服
成る頃沂に浴し
詠じて帰る云々
というて、孔子
に共鳴さる。
●顔子。論語先
進篇に、「子曰
く回や庶いか
屡々空し」とあ
り、空を心の虚
空と見て、顔子
は聖人心体の虚
を見るとす。
●其位に素す。
現在の位にもと
づいて行ふ、中
庸に見ゆ。
●委吏。会計吏。
●乗田。牧畜吏。
●留難。何一つ
むつかしいとて
留め置くものな
し。
●意必。論語子
罕篇に「子、四
を絶つ、意なし、
必なし、固なし、
我なし」とあり。
●丹青。絵の具。
●師旅。子路の
答語。
●六七十。冉有
の答語。
●宗廟。公西華
の答語。
●微言。漢書芸
文志に「仲尼沒
して微言絶ゆ」
とあり、微妙の
言。
●管晏。管仲、
前出、晏子名は
嬰、斉景公の相
となつて富強の
政を行ふ。
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