● したが
一七三 好んで史を読む者は、明道程子の説に遵うて
以て之を治むれば、則ち当に身心を益すべし。而て
おのれ
己を誤らず、又人を誤らざるなり。初学もし史類を
はんくわんはくきゆう こは
泛観博究せば、則ち心術を壊し了ること必せり。然
きん
れども勢禁ずべからざるなり。故に之をして専ら其
せい れつ し
の忠孝旌徳及び烈女伝を読ましむるに如くは莫し。
けみ
一伝を閲するも、猶忽ち良心を動かし、涕泣を流さ
しむる者あり。然らば則ち必ず復た其の忠孝義烈を
した き は
慕ふの願内に萌ざし、而て其の貞操高節に愧づるの
せ すうでん
情心を攻むる者あらん。況や之を読むに数伝を以て
し、之を読むに歳月を以てせば、乃ち彼と一に、性
ゆう かん せま
と融し、忠孝の変、倫常の艱、万一身に逼らば、則
ふん ● しゆう
ち憤然として心を君父国家に尽し、而て美を前脩に
あらは
譲らざらん。則ち独り其の徳を世に顕すのみにあら
あ かぞ
ず、其の国家を益する何ぞ勝げて算ふべけんや。学
どぐわい
者心を茲に存せず、忠義烈女伝等を度外に棄て置き、
しいぎやくいんいつ ●き
只だ其の攻伐戦闘の成敗、弑逆淫の濁乱、及び鬼
いき ● だかつ どく
の正類を陥れ、蛇蝎の清流を毒するを講究すれば、
●けう
則ち駸駸として不善を為すの竅に赴くを知らざらん、
つゝし
豈恐るべきの甚しきにあらずや。故に子弟慎みて我
こひねがは き
が教を守らば、則ち庶幾くば人面獣心の帰を免れん。
● いうだう たゞ
然りと為さざれば則ち之を有道の君子に質せ。
好読史者、遵明道程子之説以治之、則当益
于身心、而不誤己、又不誤人也、初学如泛
観博究史類、則壊了心術必矣、然勢不可禁
也、故莫如使之専読其忠孝旌徳及烈女伝、
閲一伝、猶忽有動良心流涕泣者焉、然則
必復有慕其忠孝義烈之願萌於内、而愧其貞
操高節之情攻乎心者也、況読之以数伝、
積之以歳月、乃与彼一、与性融、忠孝之変、
倫常之艱、万一逼于身、則憤然尽心于君父国
家、而不譲美于前脩、則不独顕其徳于世、
其益于国家、何可勝算也哉、学者不存心乎
茲、棄置忠義烈女伝等于度外、只講究其攻伐
戦闘之成敗、弑逆淫之濁乱、及鬼之陥正類、
蛇蝎之毒清流、則不知駸駸赴為不善之竅、
豈非可恐之甚乎、故子弟慎而守我教、則庶
幾免於人面獣心之帰、不為然則質之有道之
君子、
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●明道程子。宋
の純儒程は明
道先生と称せら
る。伊川の兄な
り、史に耽るも
のを誡めて、物
を玩び志を喪ふ
といふ。
●前脩。前賢。
●鬼。詩経小
雅に、悪人を
「鬼たりたり」
と云ふ、は水
中に在つて人を
毒する虫。
●正類。君子を云
ふ、「清流」と
同じ。
●竅。穴なり、
其れに落ちこむ。
●同意しなけれ
ば。
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