山田準『洗心洞箚記』(本文)161 Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.7.28

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『洗心洞箚記』 (本文)

その161

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

下 巻訳者註

 刀は木を切るに拙なり、而て鋸は木を切るに巧  なり。鋸は人を殺すに難し、而て刀は人を殺すに  易し。故に器は各々用に適するあり、用に適せざ             どん  れば、則ち利器と雖も猶鈍のごとし。是の故に聖      人は器使するなり。   刀拙乎切木、而鋸巧乎切木、鋸難乎殺人、   而刀易乎殺人、故器各有於用、不   於用、則雖利器猶如鈍、是故聖人器使也、










器使。器の用、
即ち人の長所に
応じて使ふ。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その160/その162

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