山田準『洗心洞箚記』(本文)192 Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.9.7

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『洗心洞箚記』 (本文)

その192

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

下 巻訳者註

     かうぜん       なん       にんしき 四五 孟子浩然の気は、何の処に於て之を認識せん。                 七篇の中処処皆是れなり。而て梁恵を見る章の如      しやう/\  きは尤も彰彰たり。其の千里にして梁恵を見る、  亦た労せずや。而て其の吾が国を利せんの問に答  へて、何ぞ必ずしも利と曰はん、亦た仁義あるの              とゞ           の  みの一語を以て、他の慾を遏め、吾が道を伸ばし、  あへ             すなは    肯て其の身の用不用を顧みず。便ち是れ至大至剛  なり、便ち是れ浩然の気なり。又何ぞ之を認識す  るの難きことかこれあらん。   孟子浩然之気、於何処識之、七篇中処処   皆是也、而如梁恵、尤彰彰焉、其千里   而見梁恵、不亦労乎、而答其利吾国之   問、以何必曰利亦有仁義而已矣之一語、   遏他慾、伸吾道、不肯顧其身之用不用、   便是至大至剛也、便是浩然之気也、又何認識   之難之有、


浩然。孟子公
然丑上篇に、浩
然の気を養ふ章
あり。

七篇。孟子の
書に、梁恵王等
の七篇あり。

梁恵。孟子の
巻首にあり。


至大至剛。孟
子が浩然の気を
形容いたる語。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その191/その193

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