●かうぜん なん にんしき
四五 孟子浩然の気は、何の処に於て之を認識せん。
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七篇の中処処皆是れなり。而て梁恵を見る章の如
しやう/\
きは尤も彰彰たり。其の千里にして梁恵を見る、
亦た労せずや。而て其の吾が国を利せんの問に答
へて、何ぞ必ずしも利と曰はん、亦た仁義あるの
とゞ の
みの一語を以て、他の慾を遏め、吾が道を伸ばし、
あへ すなは ●
肯て其の身の用不用を顧みず。便ち是れ至大至剛
なり、便ち是れ浩然の気なり。又何ぞ之を認識す
るの難きことかこれあらん。
孟子浩然之気、於何処認識之、七篇中処処
皆是也、而如見梁恵章、尤彰彰焉、其千里
而見梁恵、不亦労乎、而答其利吾国之
問、以何必曰利亦有仁義而已矣之一語、
遏他慾、伸吾道、不肯顧其身之用不用、
便是至大至剛也、便是浩然之気也、又何認識
之難之有、
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●浩然。孟子公
然丑上篇に、浩
然の気を養ふ章
あり。
●七篇。孟子の
書に、梁恵王等
の七篇あり。
●梁恵。孟子の
巻首にあり。
●至大至剛。孟
子が浩然の気を
形容いたる語。
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