●りくかしよ ●ろばんそん ●しごんけう はく
七三 陸稼書は呂晩村が王門思の四言教を駁せしを
●く
以て、聖門に功ありとなす。而て又た曰く、「工
ふう
夫を以て之を言へば、則ち両種なし。道理を以て
●いたん
之を言へば、則ち高下あり。異端は工夫に於て、
ひとへ ● おい かへ
偏に両種に分たんと欲し、道理に于ては却つて高
ひ ●
下を分たず」と。此の説非なり。子路問ふ、聞く
こゝ これ いま
ままに斯に諸を行はんか。子曰く、父兄在すあり、
こゝ
之を如何ぞ、其れ聞くままに斯に之を行はんやと。
ぜんきゆう これ
冉求問ふ、聞くままに斯に諸を行はんか。子曰く、
聞くままに斯に之を行へと。子路は聞くと雖も行
はざるを以て工夫と為す。冉求は聞くままに便ち
行ふを以て工夫と為す。聖門の工夫は明明に両種
かく いたん ぞく
あること此の如し。而て全く之を異端に属す可な
せいそ
らんや。程子曰く、「聖人の道は更に精粗なし。
さいさうおうたい せいぎ くわんつう
洒掃応対より、精義神に入ると貫通して、只だ一
理なり」と。聖門の道理は、明明高下あらざるこ
かく
と此の如し、而て全く之を異端に属す可ならんや。
●ろ りく
夫れ呂・陸の二子は、朱学を明かにするを以て功
せ ぜ
と為し、王氏を攻むるを勉めと為す。故に理の是
ひ い きやうべんかうじこゝ
非を顧みず、事の有無を忌まず、強弁剛辞此に至
ころう ●そん
る。固陋なる者は其の説を信じ、而て大人君子孫・
たう がいたん
湯の如きは、則ち皆慨嘆するのみ。
陸稼書以呂晩村駁王門之四言教、為功聖
門、而又曰、「以工夫言之、則無両種、
以道理言之、則有高下矣、異端於工夫
偏欲分両種、于道理却不分高下、」此
説非也、子路問、聞斯行諸、子曰、有父兄在、
如之何、其聞斯行之、冉求問、聞斯行諸、
子曰、聞斯行之、子路雖聞、以不行為工
夫、冉求以聞便行為工夫、聖門之工夫、
明明有両種如此、両全属之異端可乎、程
子曰、「聖人之道、更無精粗、従洒掃応対、
与精義入神貫通、只一理、」聖門之道理、明
明不有高下如此、而全属之異端可乎、夫
呂陸二子、以明朱学為功、攻王氏為勉、
故不顧理之是非、不忌事之有無、強弁剛
辞此、固陋者信其説、而大人君子如孫湯、
則皆慨嘆而已矣、
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●陸稼書。清初
の名儒、陸隴其、
字は稼書、其の
学程朱を宗とし、
王陽明を譏つて
禅学となす。
●呂晩村。名は
留良、晩村と号
す、明亡びて仕
へず、程朱学を
崇ぶ。
●四言教。陽明
晩年の教として
「無善無悪心
之体、有善有
悪意之動.知
善知悪是良知、
去悪為善是格
物」の言あり、
四句訣ともいふ。
●工夫。修道の
方法。
●異端云々。陽
明学が上根下根
に接する工夫を
分つを云ふ。
●道理云々。理
は一なりと説け
ば、高下なし。
●論語先進篇に
見ゆ。
●呂陸。呂晩村、.
陸稼書。
●孫湯。清初の
名儒、孫夏峯と
湯潜菴を云ふ。
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